日誌


2019/09/12

POLITICAL ECONOMY第149号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
プラットフォーマー規制に舵を切る日本政府

        NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年 

  公正取引委員会は8月29日、「デジタルプラットフォーマー」と呼ばれるIT企業を、独占禁止法に基づいて規制する指針案を公表した。SNSやECサイトなどを運営するIT企業が強い立場を利用し、不当に消費者から個人情報などを入手することは「優越的地位の濫用」に当たる可能性があると明示、(1)利用目的を消費者に知らせずに個人情報を取得する、(2)利用目的の範囲を超えて、消費者の意思に反して個人情報を取得・利用する、(3)個人情報の安全管理のために必要な措置を講じていない、(4)サービスの対価として、必要以上に個人情報などを提供させる──といった違反行為を明確化した。9月30日まで一般から意見を募集、10月以降の適用を予定する。

 公取委は想定事例なども公表し、透明性を高めた上で厳格な運用を図る方針を示しているが、任天堂やDeNA、グリー、楽天、メルカリなどが運営するオンライン・ショッピング、検索サービス、SNSなどが規制対象となる。これまでネット上で各種サービスを提供するデジタルプラットフォーマーは無料サービスという全く新しい分野であり、成長途上にあることなどから社会的規制が躊躇されてきたが、今回の公取委の規制指針案公表で政府も欧米に足並みを揃え、「育成」から「規制」へと転換する。

「GAFA」はけた違い

 この指針案公表の直前、就職ナビサイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリアが、就活生の内定辞退を予測するスコアを提供する事業を、学生の同意なしにトヨタ、ホンダなど38社と契約していたことが判明した。リクナビサイトを利用していた就活生の個人データを収集、分析し、本人に知らせぬまま(選考・内定)辞退の可能性を「○○の内定辞退率は〇%」とスコア化して販売していたという。公取の指針案に照らすと、明らかにアウトだ。

 今回の「内定辞退率」予測情報の販売は、サイト利用者の個人情報をどのように保護するのかという問題と同時に、デジタルプラットフォーマーという新しい業態を野放しにしておいて良いのかという企業倫理・独占の弊害論が浮上している。リクナビを例にとると、就活・就職情報サイトは「リクナビ」と「マイナビ」が市場の大半を握っており、就活生はこのどちらかに頼らざるをえない。登録企業数が多ければ多いほど訪問者を惹きつけ、ますます寡占化する。ネット企業は事業・広告収入とは別に訪問者の個人情報をタダで仕入れ、それを活用して利益を上げる。内定辞退率予測情報の値段は400万~500万円と報じられており、38社で1億5000万円を超える。

 これは国内IT企業の一例に過ぎず、地球規模で展開されているグーグルやアップル、フェイスブック、アマゾンの「GAFA(ガーファ)」と呼ばれる米巨大IT企業の影響はけた違いの規模。グーグルは独占的立場を背景にメーカーに専用ソフトやアプリの使用を強要、EUの競争法違反に問われて8700億円の制裁金を課せられた。アップルは競合するアプリ利用者に割高な手数料を適用して締め出しを図り、アマゾンは購入価格の1%ポイント還元でその原資を出品者負担とする事例が相次いでいる。しかも情報通信という無形資産を活用したビジネスの特性上、各国に支店や工場、生産設備、倉庫などを持たないため取引が行われる国やユーザー所在国の税制が適用されない。各社は租税回避地を利用することで巨額の利益に対する納税額を僅かに抑えるというアンバランスが生じ、社会的責任を果たしていないとの批判を生んでいる。

透明性、公共性、社会性が求められる

 しかし一方で「プラットフォーマーは事業者の市場へのアクセスを高め、消費者の便益も向上させている」、「利用者である事業者(中小企業等)や消費者に様々なメリットをもたらすイノベーションの担い手で、次世代の経済成長の牽引役である」、「規制することは技術革新、経済成長にブレーキをかけることに繋がる」、「規制を強化すれば中国IT企業の1人勝ちになる」などの意見も強く、日本の産業界にも日の丸プラットフォーマー育成のために「規制はほどほどに」という声がある。

 最近よく聴かれる「ITバラ色の未来論」だ。しかし冷静に考えてみれば分かることだが、様々な利便性を提供する巨大IT企業といえども、市民社会と別個に存在しているわけではない。集めた個人情報などのビッグデータの活用はその所有者である個々人の意思を無視して独善的に利用することや収集したデータの力で市場を独占し、競争関係をゆがめることは、公平・公正であるべき社会規範を逸脱し、許されることではない。同時に、それによって得た利益への適正な納税は社会的責任でもある。事業内容が経済、社会の重要な基盤を形成するまでに肥大化した以上、透明性、公共性、社会性が求められることは避けがたい。市民社会の健全な発展に沿った規制、納税を検討するのは当然だ。

 今年6月、米議会が反トラスト(独占禁止)法違反の疑いでGAFAへの調査に着手、G20財務相・中央銀行総裁会議で巨大IT企業に対する「デジタル課税」の論議が始まっている。遅ればせながら日本政府も6月の未来投資会議で、巨大IT企業の規制方針を盛り込み、公正な取引環境を確保するため独占禁止法を補完する新法をつくるほか、個人情報保護法も改正しプライバシーの保護を強化する方針を示した。歓迎したい。


12:09

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告