日誌


2022/07/25

POLITICAL ECONOMY第220号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ポストコロナはリスキリングの時代

             グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 岸田内閣は、「人への投資」を掲げる「骨太の方針」に、これからの成長分野への労働移動にむけて、情報人材のリスキリング(学び直し)を盛り込んだ「新しい資本主義の実行計画」を提案している。

 経済産業省によると、我が国のIT人材の9割は、ウェブやアプリを開発する「従来型の人材」で、AIやあらゆるモノがネットにつながるIoTなどを専門とする「先端人材」は1割に過ぎないとしている。

DX時代の担い手30年には27万人が不足

 例えば、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に不可欠な先端IT(情報技術)の人材は育成が遅れており、AIやIoTを扱える人材は、2030年には27万人が不足するという。また、高等数学や先端科学の専門教育の修了者数は米国の10分の1にとどまり、DX時代の担い手を十分に育成できていない。

 ILOの調べによると、情報通信業の技術者はアメリカの409万人やインド232万人、中国227万人に対して、日本は122万人と後塵を拝する(図参照)。

 さらに、「STEM」(科学・テクノロジー・工学・数学)と呼ばれる4つの専門領域の修了者数についても、日本は米国の10分の1にとどまり、いわゆるDX時代の担い手の育成が十分にできていない。その結果、情報通信業の技術者数はILOの調査によると、アメリカの409万人やインド232万人、中国227万人に対して、日本は122万人と後塵を拝している。

 この数よりも重要なのは、人材の「質」の問題の方だ。経産省の調査では、IT人材のうちAIやIoTなどの開発を専門とする「先端IT人材」は1割に過ぎないという。この遅れた情報人材を先端人財にリスキリング(学び直し)するのが焦眉の急だ。

 この「リスキリング」と類似した言葉に、リカレントやOJTなどがある。これらとどう違うのか。リカレントは現在の業務をより良くしていくために、学び直して習得したスキルや知識を生かしより高度のジョブに就くことを指す。またOJTは、現在社内で進められている業務を体験し、その流れ、やり方を社員に理解させる手法だ。これに対して、リスキリングは、企業において従業員の職業能力の再開発や再教育を行い、業務の高みを目指すところに特徴がある。

 先端IT人材の今後の逼迫に対して、経産省は2030年にその人員を2018年の13倍に増やす見通しを立てている。

テレワーク化もリスキリングを後押し

 いま一つ、コロナ禍による働き方の変容が、この業界にも少なからず影響を及ぼしている。今やテレワークが主流となっており、顧客・取引先とのやりとりも対面ではなくオンラインへの移行が進行している。こうした働き方が定着したことに伴い新たに身に付けなければいけないスキルも多数出てきている。それらに対応するためにもリスキリングが注目されはじめていることが、業界の共通認識になっているようだ。

 海外のリスキリング先進企業は、AT&T、Amazon、Wal-Martなどがあげられる。近年は日本企業でも徐々に導入されつつあり、我が国でも富士通、日立製作所など先進企業が積極的に取り組んでいる。
 一般社団法人のジャパン・リスキリング・イニシアチブによると、従来型の年功序列の人事制度を改革し、従業員にキャリアアップの道筋を提示できるかどうかが問われるとし、DX時代のもとで、ヒトの入れ替わりに中途採用でよい人材が入ってくるリスキリングを企業の責任と位置づけている。

 岸田首相が「新しい資本主義」でリスキリングを政府が支援することを表明し、企業と労働組合が協力して労使協議を進める動きが出てきたことは、政・労・使による実現に向けた一歩と言えるだろう。


09:56

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告