日誌


2025/03/29

POLITICAL ECONOMY第284号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
トランプ関税を支える「改革保守派」
             経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 今年3月、アメリカの保守派の若手論客オレン・キャスが来日した。彼はトランプ政権の中で過激な保護貿易主義者であるJ・D・バンス副大統領や貿易・製造業担当上級顧問ピーター・ナバロを政権外で支えている「改革保守派」(Reformocon)に属する。日本での講演はyoutubeで公開されている。また朝日新聞(4月3日付け)ではインタビューが掲載された。オレン・キャスを日本に招いたのはアメリカ保守思想史研究者である会田弘継氏である。同氏の分析などを手がかりに「改革保守派」は何を目指し、何を変えようとしているのかを探ってみた。
 
 トランプ政権を支えているのは、三つのグループといわれている。ひとつは「改革保守派」である。二つ目のグループはスコット・ベッセント財務長官ら金融系。三つ目のグループはイーロン・マスクに代表されるテクノ・リバタリアン(ITの自由至上主義者)とされる。金融業界や情報産業は長いこと民主党を支えていたのだが、「流れは変わった」として、トランプ政権を支える側に回った。

 トランプ関税は、思い切ってやればやるほど自国経済が傷む。目標とする製造業の復活もインフレでコストが高い、人件費も高い、技能労働者がいない等を考えると労働集約型は難しい、半導体、自動車など先端型の一部に限られる。なぜこうした無茶な政策をやろうとするのだろうか。
 
労働者とコミュニティ重視の「改革保守」

 ピーター・ナバロの後ろ盾は米国経済諮問委員会(CEA)委員長であるスティーブン・ミランといわれている。彼がヘッジファンド在籍時の2024年11月に発表した論文 “A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System”が注目されている。というのはこの論文がトランプの関税政策に大きな影響を与えていると見られるからだ。ミラン氏はこの論文で、米ドルの過大評価が米国の製造業の空洞化を招き、貿易赤字や地域経済の衰退を招いたと指摘、貿易・通貨政策の抜本的な見直しとプラザ合意のような協調的な通貨調整(ドル高是正)を行う政策を提案している。
 
 図は同論文に掲載されているもので、アメリカの製造業の労働者数が約1300万人で、雇用労働者に対する比率は8%に過ぎないことを示している。
 
 「プラザ合意のようにやろう」ということで、トランプ政権では「プラザ合意2.0」とかトランプ米大統領の別荘名をとって「マールアラーゴ合意」と呼ばれている。

 ミランは39歳でミレミアム世代に属する。9.11からアフガン戦争を経て08年にはリーマン・ショックで経済の落ち込みを経験している。グローバル貿易の恩恵をフルに受けた中国の急成長とアメリカの産業の空洞化を見ている。彼の生きた世界すなわち世代意識が思想形成に影響を及ぼしているようだ。読売新聞(4月17日付け)でインタビュー記事が掲載されている。
 
 冒頭に紹介したオレン・キャスは42歳である。彼はバンス副大統領(40歳)や対中強硬派マルコ・ルビオ国務長官(53歳)らが上院議員の時代(つまり約10年前)から政策助言を行ってきた。20年に保守系シンクタンク「アメリカン・コンパス」を創設している。ミランとキャスは同じ世代で、おそらくミランはキャスの影響を受けているのだろう。

 キャスは、18年に“The Once and Future Worker”という本を出している。会田弘継氏によると、この本のタイトルはアーサー王を題材にしたファンタジー小説「The Once and Future King」のタイトルをもじったもので、「労働者が王様」だとオレン・キャスは言っているという。労働者ふつうの人が主人公になる社会を描いているというのだ。

 キャスが『フォーリンアフェアーズ』21年N0.5号に掲載している「新保守主義はなぜ必要か-アメリカ政治再生の鍵を握る保守主義の再編」という論文を読むと、頻繁に「コミュニティ」という言葉で出てくる。彼の考え方の根底にあるのは、グローバル経済で壊された地域社会を再生し、ここ基盤に労働者の生活を立て直そうということのようだ。

 アメリカ社会における「コミュニティ」とは何か。この問題を探るだけでも大きなテーマなのだが、筆者はテレビドラマ「大草原の小さな家」を思い浮かべてみた。「大草原の小さな家」の中では、家族愛、労働、隣人愛だけでなく、自然との調和や自給自足の生活が描かれている。アメリカの保守的な価値観が強く表れた作品とされる。「大草原の小さな家」の世界に戻ろうということなのかもしれない。

中道も「コミュニティ」を強調しているのだが

 「コミュニティ」は、ハーバード大学教授で日本でも人気のあるサンデル教授も強調している。また、中道的な経済学者で市場原理主義には批判的な立場をとっているラグラム・ラジャン(インドの経済学者でシカゴ大学教授)も、『第三の支柱――コミュニティ再生の経済学』(みすず書房)の中で、市場・国家だけでなくコミュニティの三本の柱で、市場経済は成り立っていると主張、市場経済の行き過ぎの歯止め役としてコミュニティを位置づけている。「歯止め役」という点では「改革保守派」と共通するものがあるようにも見える。
 
 前出の会田弘継氏は、「それでもなぜトランプは支持されるのか-アメリカ地殻変動の思想史」(東洋経済新報社)を24年7月に出版している。同書を読むとアメリカの保守思想の流れが分かる。金融やITによる行き過ぎた新自由主義やグローバル経済化の「歯止め役」が期待された民主党が裏切り、トランプが登場したという脈絡で書かれている。トロツキーやグラムシも登場する同書は一読の価値があると思う。


18:18

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告