日誌


2021/04/08

POLITICAL ECONOMY第189号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
いつか見たような出来事 ~ アルケゴス事件

                                                                 金融取引法研究者 笠原 一郎

 コロナ禍においても世界的な株高が続くこの3月下旬、NY発で“ゴールドマンサックスによる前代未聞の1兆円規模のブロックトレード(要するに大きな“塊”で一気に売買する取引)”の記事が、続いて、“クレディスイス・野村証券などで巨額損失か”との報道がでた。この二つのニュースは、韓国系米国人の元ファンドマネージャー(ビル(ソングク)・ファン氏)の資産運用会社であるアルケゴス・キャピタル・マネジメントが株デリバティブ取引の運用失敗により、マージンコール(追加保証金いわゆる“追証”)の支払いができず、強制売却処分に付され、破綻に追い込まれたことに端を発する事件であった。

 続報では、このアルケゴスはファン氏の個人資産を運用するためのファミリーオフィス(なんとなくファミリービジネスとか言われると、映画“The Godfather”を思い出してしまう)と呼ばれる形態の運用会社とされ、金融商品を広く投資家たちに販売するいわゆるヘッジファンドに比べ規制はないに等しく、情報開示の縛りもない。このアルケゴスは、バイアコムCBSという銘柄のほか主に中国関連企業の数銘柄の株式を対象に、相当なレバレッジを効かせることが出来るトータル・リターン・スワップ(TRS:差し入れた保証金の数倍規模の取引の損益を高い手数料と交換するデリバティブ取引)と呼ばれる取引を行い、その規模は数兆円ともされていた。しかし、バイアコムCBSの株価が増資発表を機に急落したことで、高いレバレッジをかけた分だけ損失は膨らみ、その額は1兆円にも達し、追証の支払い不能に陥った、と伝えられる。

逃げたゴールドマンサックス、ババを掴まされた野村

 このデリバティブ対象株式の強制売却処分の過程で、ゴールドマンサックス、モルガンスタンレーという有力な投資家・顧客を多くかかえる一流プレーヤーたちは、ブロックトレードによっていち早くこれらの対象株式を処分して損失を逃れた。しかし、“二線級”のクレディスイス・野村などは、こうした取引を行うことが出来ずに、“ババ(トランプゲームのババ抜きのババです)”を掴まされ続けて巨額損失を被った(みずほ、三菱UFJも、との報道も)、というのがこの事件の構図のようである。

 高い手数料につられて、“ババ”を掴まされて巨額損失を被った証券各社の顧客管理・リスク管理が“甘い”といえばそれまでではあるが、ここで気になるところがいくつか思い浮かぶ。

仕手筋モドキの手口

 まず、今回の事件の構図(あくまで報道の範囲のなかで)をみていると、このアルケゴスの取引手法は、空売りの多い特定の個別銘柄を狙い、これにTRSというデリバティブ取引によって高いレバレッジ(昔の仕手筋は信用取引を使ったが)を掛けて取引を膨らませ、踏み上げて(値段を吊り上げて)空売りの買い戻しを誘い、高いリターンを狙う。まるで昔見たOld Style の、そうバブル期の株式市場で暗躍した仕手筋と呼ばれた怪しい投機家たちの行動を思い起こす。

 次に、このアルケゴスはファン氏の1兆円に近い家族資産のみの運用会社(ファミリーオフィス)として数兆円規模を個別株につぎ込んでいたとされる。まさしく昔のやくざ映画で出てくる家財の全てをなげうって、胴元に高利の金を借りて丁半博打につぎ込む鉄火場の博徒の姿である。

 なんで野村ともあろうもの(NYでは二線級かもしれないが…)が、はっきり言って、こんな野暮ったい仕手筋モドキに引っかかったんだろう。最新と称する数理によるリスク管理手法は学んで(真似して)はいたのだろうが、本来的な意味でのリスク・マネジメント(危ないという感覚、過去の経験に学ぶという意味からしても)を置いてきぼりにしていたのではないだろうか。

 さらに、ゴールドマンサックス、モルガンスタンレーといった抜け駆けして担保処分に走った“一流”プレーヤーたちの“すばしっこさ”である。さすが狩猟民族の申し子たちである。山奥の牧畜の民や島国の水田耕作の民には、到底、真似のできない素早さである。でも、ちょっと待ってよ。これって、実質的に株式を大量保有する者が“破綻するかもしれない”という情報をその当人から得て、情報が公表される前に、その対象株式を知らんぷりしてブロックトレードをしたかどうかは知りません(“クロクロ”、“知る前契約”という規制の適用除外はありますが・・・)が、これは日本における実質的なインサイダー規制導入のきっかけとなったタテホ化学事件(1987年)とほとんど同じ構図ではないか。またまた既視感を覚える。強制売却手続きにおける米国のインサイダー規制(10b‐5)の適用がどのようになっているか詳しいわけではないが、今後、NYの抜け駆け小僧たちがどうなるのか、そして、おそらく当局はファミリーオフィス等の規制逃れに対し、情報開示などの新たな規制を課してくるであろう、気になるところである。


20:39

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告