日誌


2021/03/22

POLITICAL ECONOMY第188号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
すべての人に地域生活、居宅生活への移行支援を

                            街角ウオッチャー 金田 麗子

 2021年2月、横浜市神奈川区の生活支援課が、コロナ禍で失業、住居を失った女性からの生活保護申請書を受理しないという悪質な対応をして、支援団体からの抗議に対し後日、謝罪をしたことが報道された。

 保護申請に対応した職員は、施設入所が保護申請の条件であると誤った説明をしたという。生活保護法には「居宅保護の原則」があり、施設の入所を強制することは禁じられている。

 厚生労働省は公式サイトの生活保護紹介ページで、「住むところがない人でも申請できます」「例えば、施設に入ることに同意することが申請の条件ということはありません」とわざわざ説明をしているが、現場ではそれが守られていない実態があるのだ。抗議を受けて横浜市もHP上で謝罪した。

 今回の事例は、一職員の無知からおきたことではない。職員が部所の他の職員と相談して対応していることは、女性の証言でも明らかで、横浜市、少なくとも神奈川区の生活保護申請に対する常態化した対応だったと思われる。

 実際2014年度の厚生労働省「生活保護世帯の居住実態に関する調査」によると、横浜市の生活保護受給世帯の30%が、「簡易宿泊」「施設その他」「無料低額宿泊所」に居住している。同じ政令市の川崎市は11%で、民間公営住居などの居住がほとんどであることからしても、横浜市の宿泊所や施設居住率の高さは顕著だ。

入居期間が長期化する「無料定額宿泊所」

 「無料定額宿泊所」は1990年代から生活保護を受ける人を住まわせる形態で急増し、事業者によっては劣悪な住環境で生活保護費を搾取する「貧困ビジネス」のケースも少なくない。2015年厚生労働省「無料低額宿泊事業を行う施設に関する調査」によると、全国537か所、入所者は約15,600人いる。入所者は40歳~65歳が最も多く、次いで65歳以上が多く高齢化している。

 施設の利用期間は一年以内が35%、次いで4年以上が32%。短期自立が進まず、長期間の滞在が常態化している。昨年東京都の多摩地域の地方議員グループが、東京、神奈川、千葉で行ったアンケート調査では、入居期間平均が一年を超えた自治体は10市あった。最長は武蔵村山市の5~6年だった。このように生活困窮者の自立支援の目的が形骸化されていることがわかっている。ケースワーカー不足の福祉事務所が、管理のしやすい施設利用を固定化しているようにみえる。

 昨年私の勤務先のグループホームに入居した55歳のKさんは、20代初めから16回精神病院に入退院を繰り返してきた。身寄りもなく生活保護を受給しているKさんの退院先は救護施設の短期入所である。救護施設は生活保護法に基づく社会福祉施設で、「身体上又は精神上著しい障害があるために地域生活が困難で、かつ生活に困窮している人の生活援助を行う」施設である。

 体験入居に現れたKさんは、ふっくらとした上半身に対し、異常に細い曲がった足でふらふらと歩いていた。統合失調症の薬よりも高血圧、糖尿など内科の薬を沢山飲んでいた。おおぜいの人と行動することがストレスで疲れてしまうKさん。大きな規模の救護施設はミスマッチだったと思われる。きれい好きで自分の部屋も、台所も、風呂もピカピカに磨き、着替えや濡れたものはすぐに洗濯する。

 Kさんは玄関の鍵をかけるということを知らなかった。長い間、家の鍵を持つ経験をしていなかったからだ。自分の部屋ができて嬉しそうで、表情も内科の症状も落ち着いて、じっくり治療に専念できるようになり、この一年は入院しなくても良かった。

 「救護施設」も入所者の長期化、高齢化が進んでいる。古い統計だが、2010年度の全国救護施設協議会の資料によると、入所期間平均14年、10年以上の入所が約半数を占める。65歳以上の入所者が約半数である。

 2016年度全国救護施設実態調査では、救護施設入所者約16,000人に対し、2015年度一年間の居宅生活への移行者は約1,000人とまだまだ少ない。生活保護のケースワーカーが一度も面接に来ないこともあると指摘している。

 「生活困窮者自立支援法」に基づいても、「障害者自立支援法」に基づいても、地域生活、居宅生活への移行支援をすすめていくことは、自治体の責務なのである。 


14:34

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告