日誌


2021/03/11

POLITICAL ECONOMY第187号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
日銀は債務超過になるのか
            
                                                 経済アナリスト 柏木 勉

 コロナ禍で「膨大な」財政支出が予定され、「財政悪化を憂う」声がまたまた大きくなってきた。本年度一般会計予算の歳出総計106.6兆円は過去最大。公債依存度40.9%、国債発行計画は実に借換債と新発債の合計で236兆円。前年度当初比で82.5兆円もの増加だ。均衡財政論者の声は「仕方がない、今はコロナ対策が第一だ」としぼんでいたが、ここへきてまたまた「将来のつけ」「財政規律の重要性」を声高に叫びはじめた。論点は諸々あるが、今回は日銀の債務超過問題をとりあげる。そこで最初に誤解なきよう云っておくが、以下は左派リベラルが政府・与党の政策に対する代替案を打ち出すにあたり、欠かせない認識の一つを述べるものである。

日銀は支払い不能には陥らない

 この問題はポストコロナや量的緩和からの転換にあたって日銀が債務超過になることをどう考えるかということだ。日銀は市場からの大量の国債購入で財政支出を支えてきたが、経済が停滞から回復し物価が上昇していくと、異次元緩和から引き締めに転じて行く(出口に入る)。その場合、銀行の日銀当座預金(以下「当預」)に一定の金利をつけて(付利)政策金利をあげていく。するとそれまでは低金利だったので、日銀は保有国債から得る金利よりも、当預に付利して支払う金利のほうが高くなる。逆ザヤだ。だから日銀の財務が悪化して債務超過に陥る。均衡財政論者は、この債務超過を「大変だ、大変だ、危機になる」と大騒ぎしているのである。

 また、市場の金利が低下しても上昇しても日銀の国債購入価格は額面より高いので、償還時に日銀は損失を被り財務悪化、債務超過になるので国債購入は出来なくなるとの主張もある。

 しかしこれらの騒ぎや主張は全くおかしい。そもそも日銀は無からカネをつくりだせるから、逆ザヤの金利支払いだろうが損失だろうがその他経費だろうが支払い不能に陥ることはないからだ。

 ここで元日銀副総裁の岩田規久男の本(「なぜデフレを放置してはいけないか」)から引用して、債務超過を大騒ぎするある均衡財政論者の蒙昧ぶりを紹介したい。岩田が皮肉まじりに語るエピソードが面白い。長い引用だがご容赦を。(とは云っても、私は黒田バズーカの理論的支柱だったリフレ派岩田を支持するものではない。異次元緩和は当初目標を達成できなかった)
 
「・・・私が、世間では金融政策の専門家中の専門家と考えられている、あるマクロ経済学者(その方の名誉を傷つけたくないので匿名にします)と話している時に、日銀の経常損益がマイナスになる可能性が話題になったことがあります。その時、そのマクロ経済学者は「そんなことになったら、日銀は人件費を払えなくなる!」と叫びました。・・・働く人がいなくなるから倒産する、といっているのと同じです。私はこの叫びに驚き、「あなたは本当に金融政策専門の経済学者ですか」と訊きたいところでしたが、ぐっと我慢しました。日銀は人件費にせよ、他の経費にせよ、日銀当座預金にその支払い金額を記帳するだけで、取引を完結することができるのです。・・・日銀の経費支払先が、現金(日銀券)が必要になり、預金を引き出す時には、預金を受け入れた銀行は増えた日銀当座預金を日銀券に換えて、この預金引き出しに応じます。・・・ここで重要な点は、日銀以外の人(法人も含みます)は経費を日銀券で支払う時には、働くなり物を売るなりなどして日銀券を獲得しなければなりませんが、日銀は在庫として持っている日銀券を銀行に渡すだけでよい、ということです。・・・」
(P178-179)「・・・つまり日銀は普通の人や法人と違って、支払い不能にならないようにできているのです。・・・」(P.180)つまり財務が悪化しても債務超過になっても支払いを続けられるのである。

円が暴落? 馬鹿な!

 字数の関係でもう一点だけ。日銀の債務超過で円の信認が失われ、円が暴落するとの主張も大昔から声高に唱えられてきた。国債でいえば外国人が日本国債の12%強を保有しているが売却に走ったら大変だというわけだ。しかしこの場合、国債は自国通貨の円建て債務だ。一方、対外債権の多くはドル等の外貨建てだ。それで、円が下落していくとどうなりますか?

 外貨建ての対外債権は円換算で膨らむ。他方、対外債務の国債は円建てだから、そのまま不変だが売却で減っていく。すると対外純債務は縮小し対外純資産が拡大する。となれば膨れた対外資産からの配当や利子、技術料等も拡大し、所得収支の黒字が増加する。結局、円安→対外純資産の改善→対外収支の改善という円高に向けた安定化作用が働くのである。

 同時に円安になるから貿易収支も改善し、両者合計の経常黒字は拡大する。従って安定化作用が更に働く。なにしろ日本は世界一の対外純債権国ですよ!

 では外国人の国債売りによる価格低下・金利上昇はどうなる?これは以上の問題の一環だが、国債は満期まで保有すれば必ず額面が償還される。従って国債価格が下落するとその時点で購入すれば、下がった購入価格と額面額の差額が利益になる。だからある時点で買いがはいり価格下落は止まる。暴落することなどありえない。だから金利の上昇も止まる。心配なら日銀が国債を買えばいいだけ。

 とどのつまりカネ・財源は問題にならない。制約はカネではなく、実物のモノ、サービスの供給能力である。同時に賢い支出が不可欠だ。          


18:28

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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