日誌


2021/02/27

POLITICAL ECONOMY第186号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「ゆとりも豊かさも」から
「ストレスの少ない居心地のよい」生活を

                                                  労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

  散歩中のラジオからアンデルセン(広島発祥のベーカリー)のCMが流れた。その最後は“こんな時間をたぶんヒュッゲと呼ぶんだろうな”だった。“ヒュッゲ”、ううん? この会社のホームページをみたらあった。「人と人とのふれあいから生まれる、温かな居心地のよい雰囲気を意味するデンマーク語(HYGGE)」と。

かつては「ゆとり」をめざして「時短」を

  コロナ禍の現在、ニュースで「時短」が目につき耳にする。飲食店などへの営業「時間の短縮」要請で、この2月に成立した新型インフルエンザ等対策特別措置法で「命令」が加わった。

  今から約30年前、「時短」が国の目標、国際的「約束事」となったことがある。労働「時間の短縮」である。そのきっかけは、輸出を原動力として「経済大国」となった日本の長労働時間がソーシャルダンピングとして非難されたことへの対応である。中曽根内閣のとき「新前川レポート」(1987年)で、この時の米英並みの年間労働時間、1800時間程度を目指すことが明記された。宮澤内閣の「生活大国5か年計画」(1992年)では「労働時間の短縮は、勤労者とその家庭にゆとりをもたらし、職業生活と家庭生活、地域生活との調和を図り、『生活大国』の実現を目指す上での最重要課題の一つである。また、国際的に調和のとれた競争条件の形成にも資するものである」とし、1800時間の達成が目標となった。

 1992年当時の「年間総実労働時間」は「常用労働者」(期間を定めずに雇われている者+1か月以上の期間を定めて雇われている者)で1982時間。1800時間の目標は2008年に1792時間で「達成」された。しかしそこには留意すべき問題が含まれていた。目標「達成」は、「パートタイム労働者」(所定労働時間または労働日数が一般労働者よりも短い者)が14%から26%へと増大したことによってもたらされたものだったからである。人材派遣が認められたことの影響も考えられる。「一般労働者」(「常用労働者」のうちから「パートタイム労働者」を除いた労働者)は2032時間と極めて長く、「パートタイム労働者」の1111時間との差は大きい(毎月勤労統計、事業所規模5人以上)。

 最近の労働時間の状況を確認しておこう。2020年の「年間総実労働時間」は「常用労働者」では1621時間、「一般労働者」では1925時間、「パートタイム労働者」では952時間である。減少の傾向がみられるものの、「一般労働者」の「働きすぎ」は変わらないし、「不合理な待遇差」を含む「パートタイム労働者」の割合はいまや3割を超えている(図表)。

「働き過ぎ」の規制と「不合理な待遇差」の解消を

 その後、労働時間や処遇に関する論議は、2008年12月に制定された「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」及び「仕事と生活の調和推進のための行動指針」を踏まえた対応となり、「働き方改革~一億総活躍社会実現に向けて~」の提起へとつながる。

 「働き過ぎ」を防ぐ「労働時間法制の見直し」関連法は2019年から施行され、極端な時間外労働についての上限設定(年720時間以内、複数月平均80時間以内、月100時間未満)や違反への罰則が規定(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)された。また年次有給休暇の年5日間の取得を企業に義務付けた。努力義務ながら勤務間インターバル制度も課せられた。同一企業内での正社員と非正規社員との間の「不合理な待遇差」をなくす「雇用形態に関わらない公正な待遇の確保」は2020年から改正法が施行されている。

「ヒュッゲ」をする国の生活「文化」

 イギリスのジャーナリスト、ヘレン・ラッセルは幸福度世界ランキング上位のデンマークで生活した経験から世界どこでも実践できる「デンマーク的に暮らす10のコツ」として、信頼する、「ヒュッゲ」をする、体を使う、美に触れる、選択肢を減らす(デンマーク人は「ストレスのないシンプルさ」と「制限された中で享受する自由」のスペシャリスト)、誇りを持つ、家族を大切にする、すべての職業を尊敬する、選ぶ、そしてシェアする、を挙げている(『幸せってなんだっけ???? 世界一幸福な国での「ヒュッゲ」な1年』株式会社CCCメディアハウス、2017年)。

 しかし、こういう見方もある。同じくイギリス人で、デンマークで生活しているジャーナリスト、マイケル・ブースは英国・エコノミスト誌の北欧特集号の記事を紹介している。「スカンジナビアに生まれたら最高だろう。もしあなたが平均的な能力の持ち主で、平均的な野心と平均的な夢を持つ人間であれば・・・。だがあなたが非凡な才能を持ち、大きな夢やビジョンを持っていて、ちょっとだけ人と違っていたら、移住しないと潰されてしまうだろう」と(『限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか』(株式会社KADOKAWA 2016年)。

 戦後日本は、「より多く稼いでより多く使う」生活を突っ走ってきた。「外圧」への対応から「ゆとり」を目指した生活は“ゆとりも豊かさも”の追求となり、その行き着いた先は「働き過ぎ」と「不合理な待遇差」。今また100年に一度の新型コロナによるパンデミックスの渦中。パンデミックスは「古いものを滅ぼし新しいものを生む」。既にITCを活用してのリモートワークや授業は普及し通勤や通学の風景は変わりつつある。首都圏の事務所の縮小や移転、地方への移住も耳にする。“ストレスの少ない居心地のよい”生活「文化」を考える好機につながることをも、ひそかに願っている。


10:44

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告