日誌


2021/02/11

POLITICAL ECONOMY第185号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ジョブ型賃金は労働組合が勝ち取るものだ

             グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 21春闘は、ベースアップとジョブ型雇用が話題になった。ベアの方は、毎年恒例になっているNHKの昼のニュースは、回答ボードの前で記者がレポートすることも見送られた。また、夕刊各紙も回答一覧を載せて記事にしたのは読売など二紙だけ、毎日、東京、産経は記事さえ見送った。こんな春闘は、80春闘で回答の現場に立ってから初めての体験である。寂いし限りである。

 これに対して、ジョブ型賃金の方はいよいよその時代がきたかと感慨無量である。

労組が職務給を要求の歴史

 第2次大戦後、最初に労働組合みずからつくった賃金体系を掲げて会社に挑んだのは、全自 (全国自動車)の1953年春の闘いである。53年は、スターリン暴落、朝鮮戦争休戦による大不況で、時の吉田内閣によるバカヤロウー解散で少数与党内閣に転落した後、政府・財界が目論む「ベース賃金」による賃金抑制に対して、日産分会が闘いを挑んだ争議である。

 全自の要求は、自動車労働者を経験年数に応じて未熟練、半熟練、初級熟練、中級熟練、上級熟練、高級熟練の6段階に格づけした6本桂の統一基準賃金で、経験ゼロの最低保障賃金を1万円とし、経験年数に応じて加算させようとする要求方式で、欧州型産業横断賃金論を日本で試みる画期的なものだったが、ストライキとロックアウトを繰り返した末に、最後は、学卒組合員を中心とした民主化グループの「新労」の結成と組合分裂の末に敗北した。

 次に職務給の動きが出たのは1960年代になって、八幡、富士、鋼管の鉄鋼大手3社で会社側からの提案を受けて、62年から労使協議を積み上げて導入に至った。この動きを受けて、63年に総評が春闘白書で「ヨーロッパ並み賃金の実現」を掲げ、横断賃率論や同一労働同一賃金など、構造改革論の研究者の間から職務・職種給が提言された。

 この中から、松下電器の会社側が職務給の提案に対して、労働組合が自ら「仕事別賃金」を策定し、それを会社に逆提案して、労使協議を重ねて勝ち取って導入に至ったのである。これを受けて日立・東芝も職務給要素の取り入れ、67年には電機労連が第一次賃金政策を策定し、職務給を産別方針として取り組むことを掲げたのである。

「職務・職種給」vs「職能賃金」

 これに対抗して、1969年に日経連が「能力主義管理」を発表、職能資格制度の導入を提唱した。

 1970~80年代の労使は、「職務・職種給」vs「職能賃金」を対抗軸にせめぎ合いになったが、時の趨勢は次第に後者に傾き、鉄鋼の職務給も松下型の仕事別賃金も次第に職能資格制度に次第に蚕食され、我が国賃金制度は職能給に換骨奪胎されていったのである。だが能力主義を労働組合から勝ち取ったと言っても、日本型職務給では終身雇用と年功的人事慣行のもとでは如何ともし難く、経済界からは不満を抱くムキが絶えなかった。そこにアメリカから進出してきたヘイシステムになびく企業が増えていったが、アメリ型システムには馴染めないとして、大勢を占めるには至らなかった。

 90年代に入って、連合総研が「90年代の賃金」(1992年)を発表、完全仕事給の提言をしているが、これには筆者も参加した。この時期になると、グローバリゼーションに直面した日本企業は、海外人材と国内人事制度との桎梏に直面して、「成果主義」が流行りとなるが、何の成果を評価するかとなると、それはジョブしかないということになり、ジョブ型成果主義がブームとなった。そのきっかけを作ったのが、1993年の富士通の成果主義職務賃金の導入である。その肝は、世界共通の職務等級によるグローバル・グレードである。

 だが、この成果主型務賃金も、賃金のジョブ化への動きと新卒一括採用、年功的な人事処遇など日本型雇用慣行とのズレは大きく、それがジョブ型雇用の導入を進めようという動きになっている。しかし、この論調は欧米型と日本型の双方をミックスした複合型を提言する識者が多い。だが、こうした複合ステムがうまくいくとは思えない。

 今度のジョブ型賃金は、経団連の中西会長の発言に端を発しているが、賃金体系は経団連や連合がなんと主張しようが、それで決まることはない。それは既に述べたように、企業内の労使の陣取り合戦の結果によって決るものである。ジョブ型賃金が、資本の論理に飲み込まれるか、労働組合が巻き返せるかは、力で勝ち取ることしかない。


10:14

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告