トランプ政権が守ろうとしているのはオールドエコノミー
専修大学経済学部教授 鈴木直次氏
2017年6月3日に開かれた第25回研究会は、専修大学経済学部教授鈴木直次氏に「トランプ政権の通商政策と自動車産業」と題して話していただいた。デトロイトを中心に白人労働者がトランプ当選の後押しをして注目されたが、ビッグスリーはメキシコなど他国に生産拠点を移し、米国での自動車生産を担っているのは日独韓メーカー。技術革新など競争で負けたことが要因。このためビッグスリーの拠点であるデトロイトが崩壊した実情を浮き彫りにした。また、鈴木氏はトランプの通商政策はオールドエコノミーの生産と雇用を守ろうとしており、実現は中長期的には難しいという見方を示した。
トランプ政権の通商政策はいずれ破綻の可能性
トランプ政権の経済政策は、Trumponomicsと言われているが、大規模な減税を打ち出している。この面ではレーガノミクスの新版という評価がある。他方、10年間で1兆ドルのインフラ投資を行うとしており、この面では1930年代のルーズベルトが行ったニューディール政策の新版と見ることもできる。相反する評価があるということは、両方の側面があることを示している。これに環境やエネルギーなどの規制緩和が加わる。
また、通商政策は「不公正貿易」によって貿易赤字を強いられているので、二国間交渉で是正することが必要と考えている。ターゲットになっているのは中国、日本、メキシコの3カ国。ただ中国との交渉では、具体的にはすでに決まっているものや小粒なものだけで、ほとんど効果はないのではないか。
さらに多国間枠組みを否定し2国間交渉へというのが基本的な考えで、TPPは離脱した。NAFTAは離脱ないしは再交渉としていたが、自動車産業からの突き上げもあり離脱の選択肢はなくなった。再交渉も取り上げられているのは「原産地規則」の強化程度。現行の62.5%を上げる。日本メーカーはすでに80%程度まで上げているので影響はないと見られる。
通商交渉を担う組織的な枠組みを変えようとしたが、結局、商務省が全般的な政策決定を行い、通商代表部が具体的な交渉を行うという従来の枠組みに落ち着いてしまった。
トランプ政権の政策は、短期的には個別企業への要請などで成果は出るが、長期的には効果は出ないだろう。マクロの政策からすると財政赤字が増加して金利が上昇、ドル高になり、輸出が不振になって輸入が増える。80年代のレーガンノミクスと同じことが起こるのではないか。ラストベルトの製造業を維持するのは非常に難しい。設備の老朽化と技術革新の遅れで生産性は低い。その割には賃金が高い。人材育成も行っていないからだ。
日独韓が支える米国の自動車産業
以上の鈴木氏の提起を受けての質疑を行った。NAFTAの「原産地規則」、南北の賃金差、自動車産業は衰退しているのか、といった質問があった。米国の自動車産業は衰退していない。デトロイトが衰退しただけで南部には各社の生産拠点が増え雇用も拡大している。担い手が日独韓メーカーに変わっただけと鈴木氏は答えた。日本メーカーは、ギリギリまでレイオフをせず、また社内での人材育成に力を入れている。こうしたことが受け入れられているのではと述べた。
トランプ政権の通商政策だけでなく自動車産業の置かれた状況に対する認識を深めることができた。ただ今後の自動車産業はこれまでの延長線上に描くことはできない。鈴木氏も指摘していたが、100年に一度の技術革新が始まっているからだ。米国も日本もドイツもこの渦の中でもがくことになるだろう。(事務局 蜂谷 隆)