財政危機の本質は時代の変化に対応できないこと
東京大学名誉教授 神野直彦氏
第13回経済分析研究会は、2014年7月12日、東京大学名誉教授で政府税制調査会会長代理である神野直彦氏に「財政再建と税制-消費税引き上げ後の展望」というテーマで話していただいた。神野氏は、「財政危機」ということで国債発行額の多さばかり語られるが、日本の産業構造転換に向けたインフラやそれに見合った公共サービスの整備ができていないことの方が問題で、増税をする場合はこれらの必要性を国民にきちんと提起すべきだと述べた。財政だけでなく社会保障をめぐる議論のあり方にも触れ、参加者からの質問も多く、活発な論議が展開された。
失敗した「所得税解体戦略」
政府の税制調査会で法人税率の引き下げについて論議されているが、神野氏は課税ベースを広げた上で税率を引き下げるべきで、法人税収を減らすのは消費増税で国民に負担をお願いした経緯からすれば問題が多いと発言したという。しかし、政府はこの点をあいまいにしたまま進んでいる。
日本は戦後、所得税と法人税を減税してきた。これは高度成長で税収が伸びたので可能だったのだが、80年代になるとできなくなり消費税を導入した。ヨーロッパ各国は、所得税と法人税を付加価値税で補い租税負担率を高めたが、日本はその後も所得税と法人税の減税を続け、消費税をこれに当て租税負担率を下げてしまった。このため重化学工業時代から知識産業の時代への転換に向けた社会的インフラの張り替えや新しい時代にマッチした公共サービスの充実ができなくなった。神野氏は、その意味で大失敗の「所得税解体戦略」と断じている。
重化学工業時代から知識産業に変わると、これまで家族のアンペイドワークを担ってきた女性が労働力市場に登場するが、これに合わせ、これまで家族が支えてきた社会保障の社会化が求められる。その意味で新しい時代にマッチした社会保障、公共サービスを提供することは、産業構造を変える思い切った産業政策を行う上でも大きな意味があると述べた。
社会保障は「連帯」の精神が基盤
報告の後、参加者からの質問を受けた。国債市場における海外の投資家の役割、法人税の課税ベース拡大方法など質問が相次いだ。この中で神野氏は、国債は「内国債」であり、経常収支の赤字問題など懸念材料はあるが、さほど問題はないとした。また、国家間格差や国内の格差が拡大すると戦争が起こりやすくなる。リーマン・ショックを1929年の大恐慌とすれば、今は戦争の時代に突入するか否かの岐路にある。戦争に向かうことのないようにする「戦前責任」が重要だと指摘した。
最後に、社会保障は働く世代が働く能力がない子どもや働くことができなくなった高齢者を支える連帯の精神が必要であることを強調、世代間の損得の発想で考える傾向に警鐘を鳴らした。(事務局 蜂谷 隆)
※神野氏の報告の詳細は『FORUM OPINION』26号に掲載されます。