実質的国債残高は減少している
経済アナリスト 柏木 勉
国債残高が1000兆円を超え、対GDP比でも200%を超えてきたので「借金で大変だ、大変だ」という声が満ち満ちている。週刊誌並みの言いぐさによればギリシャの様なデフォルト懸念が間近に迫っているとのことである。だが、日本国債は円建てだから仮に緊急事態になっても、日銀が無制限に円を供給できる。ギリシャのケースでは欧州中央銀行が納得しなければユーロをギリシャに供給してくれない。こんな基本的な違いが理解されていない。
国債残高1000兆円については多くの論点があるが、今回はまず押さえておくべき点についてのみ考えて見たい。
政府と日銀を合わせた「統合政府」で考える
現時点で最初に確認すべきは政府と日銀は一体のものだということである。政府と日銀はいわば連結決算の同一グループである。親会社が政府で子会社が日銀だ。両者をあわせて「統合政府」と呼ばれる。
そこで、日銀は国債を大量購入し政府に対する債権者になっているのだが、その分は統合政府という一つの家庭の中で親が子から借金をしているにすぎず、家庭の外から=他人から借金をしているわけではない。従って統合政府内の分では債権・債務関係は成立しておらず、チャラになるのである。
実際どうなっているかを見ると、日銀が異次元緩和を打ち出して大量の国債購入を開始した以降の推移は以下の通りだ。
データの出所は日銀、財務省。単位は兆円。
H25/3 H26/3 H26/9 H26/12
国債残高(A) 970 998 1015 1023
日銀保有残高(B) 128 201 233 256
実質残高A-B 842 797 782 767
国債残高は、平成26年末で1023兆円となり、平成25年3月時点との比較では53兆円増加した。しかし、日銀保有残高が256兆円へと128兆円増加した。日銀の保有割合は13.2%から25.0%に拡大している。これによって差引きの実質残高は767兆円となり、75兆円の減少となった。統合政府の借金は大幅に減少しているのだ。
日銀が政府に「保有国債を償還せよ」と要求することはないし、それどころか日銀は毎年巨額の借換債の直接引き受けを行っている。本年度計画では借換債116兆円のうち10.4兆円を引き受けている。また国債の金利については、形式的には政府が日銀に利払いしている。だが、日銀は自分の決算後にその利払い金を「国庫納付金」として財務省に納めているのだ。だから利払い金は統合政府内で回るだけで、その後は政府予算に繰り込まれ政府支出に貢献しているのである。
日銀保有国債を無期限・無利子国債に転換を
しかし、このような形式的なやり方は、ことを紛らわしくしているだけである。すっきりと日銀が国債を直接引き受け、かつ保有国債を無期限・無利子国債に転換してしまえばいいのだ。そうなれば256兆円(これはもっと増える)は返済不要であることが国民にはっきりと見えるようになる。日銀の会計上の処理としては、資産側に無期限・無利子国債を、それに対応して負債側に当該国債を購入した代金(日銀券)を計上すればよい(日銀券は一応負債である)。
直接引き受けについて云えば、すでに日銀は事実上の直接引き受けを行っている。金融機関は国債を引き受けてからほとんど間をおかず日銀に売却している。これは日銀の事実上の直接引き受け(財政マネタイゼーション)に他ならない。しかし、それで問題はおこっていない。
さて、それでは何の問題もないのかと云えば、そうではない。日銀の市中からの国債購入代金は日銀当座預金に振り込まれている。直接引き受けでは同じく政府名義口座に振り込まれる。これが悪性インフレにつながる可能性はある。それは事実だ。しかし、悪性インフレが実際に起こるのは、大量の日銀券が日本経済の生産能力を大幅に上回る超過需要を生み出した時に限られる。戦前や敗戦直後の悪性インフレは、いずれも軍備拡張や敗戦での生産能力喪失による極端な需要超過が引き起こしたものである。だから需要不足の状態にあるかぎり悪性インフレは起こらない。
ところで、昨年度以降、日本経済は供給能力の天井に近づいているとの論議が出始めている。それは雇用環境が急速に改善し完全雇用状態にあるのに生産拡大がはかばかしくないことを論拠にしている。つまり、いわゆる日本経済の潜在成長力が低下してきたことが強調されているのだが、筆者はすでに天井に達しつつあるとは考えていない。しかし今後の需給ギャップの縮小ペースには注視が必要である。