広がるか、医療ツーリズム
経済ジャーナリスト 蜂谷 隆
先日、ある中国人ビジネスマンを神奈川にある大病院を紹介、一緒に医療ツーリズムの説明を聞いた。この中国人は日本の大学に留学後、日本企業で働き、現在は上海の日本企業で医療・介護分野の新規事業を開拓する責任者になっている。新規事業で目をつけたのが中国の富裕層を対象にした医療ツーリズムだ。医療ツーリズムというのは、高度医療や低額医療、健康診断(人間ドック)などを求めて他国を訪れるもので、観光とセットということも少なくない。
この医療ツーリズムだが、2010年に菅政権の時の成長戦略に盛り込まれた。経産省が提案、国土交通省(観光庁)が乗り、消極的だった厚労省も最後には同意した。同年に「医療ビザ」が新設され、一気にムードが高まったのである。正確な統計はないが現在、100~200の病院で年間1万人弱の外国人の受け入れを行っているようだ。中国、ロシアからが多いと言う。
世界的に見るとアジア諸国が盛んに行っている。タイ、シンガポール。韓国、台湾、インドといった国々である。2010年の日本投資銀行(DBJ)のレポートによれば、タイは06年で140万人、シンガポールは07年で57万人受け入れている。両国とも心臓、がん治療が中心だ。インドも心臓、肝臓移植などで07年に45万に受け入れている。こうした流れの中で日本も力を入れ始めた。
DBJによると、日本における2020年の医療ツーリズムの潜在的な市場規模は、受け入れ人数で42万5000人、観光を含む医療ツーリズムの市場規模は5507億円、経済波及効果は2823億円と見られる。
自由診療分野を強化
病院の説明では、2012年に開始、現在、受け入れている外国人は1日3~7人、月90人弱で、大半が健診(人間ドック)である。JTBと組んでスムーズな受け入れをはかっているという。医療ビザを取得や飛行機、ホテルの手配などはJTBが受け持つ。医療ビザの取得には保証人が必要となるが、JTBが引き受ける。さらに送り出し病院との連携(帰国後の治療も含め)、事前の問診票の記入、などを行う。医療を理解している通訳は病院が手配する。医療ツーリズムのポイントは、患者とのコミュニケーションが十分とれているかどうかにあるので、事前、事後の部分が非常に重要と言う。ちなみにJTBの担当者は、同病院に常駐している。医療ツーリズムで来るのは、やはり中国、ロシアが多いそうだ。
なぜ海外から医療ツーリズムを受け入れるのか?この問いに担当者は「病院間の競争は激しくなると思う。将来を見据え、自由診療分野にも力を入れている」と答えた。そもそも人間ドックは診療行為ではないので全額患者負担で消費税もかかる。海外からの外国人の治療は自由診療である。料金が高い個室や医療機器の回転率が良くなるだけでも収益率は上がる。病院経営は、非営利だが産科や小児科のように赤字部門も抱えている。全体として黒字にもっていくためには、こうした部門を強化せざるをえないのだろう。
同病院は全国展開しているグループの拠点病院。担当者は「(グループとしては)中国から近い沖縄の病院も力を入れている。また秋には成田空港近くに病院を開設する。中国から日帰り健診も可能」と話していた。
問題は、病院がこうした分野だけに熱心になると医療は歪んでくることだ。日本医師会は、外国人患者の受け入れには賛成だが「営利企業が関与する組織的な医療ツーリズムには反対」(社会保障審議会医療部会2010年10月15日提出資料「国民皆保険の崩壊につながりかねない最近の諸問題について-混合診療の全面解禁と医療ツーリズム-」)という立場だ。病院経営が営利優先になり、裕福な人だけがいい医療を受けられるように
なり、医療格差は広がることを懸念している。
地方の大学病院なども医療ツーリズムに力を入れているので、今後、受け入れ人数は増えていくだろう。ただ、通訳などの受け入れ体制構築やノウハウの蓄積を考えると、DBJの予測ほどの伸びはむずかしいのではないか。