米中貿易戦争はどこまで拡大するのか
横浜アクションリサーチ 金子文夫
8月23日、トランプ大統領は中国からの輸入品160億ドル分に25%の関税を上乗せする制裁第2弾を発動した。その先には第3弾、第4弾が用意されている。これに対して中国側も報復関税を設定し、米中貿易戦争はさらに拡大する情勢にある。
11月のアメリカ中間選挙を前にして、米中間で一定の妥協が成立する可能性はある。しかし米中対立は、為替問題、投資規制など形を変えてさらに続くだろう。その根底には、米国中心の世界の覇権システムが大きく変容していく構造的問題が存在するからである。対米追随の顕著な日本は、この構造変動に翻弄されることになるかもしれない。
貿易をめぐる米中対立
トランプ大統領は、大統領就任以前から米国の貿易赤字を問題にし、大幅な関税引上げを主張してきた。2018年、中間選挙が近づくなかで、本格的な関税引上げに踏み切った。
まず、3月23日、鉄鋼に25%、アルミ製品に10%の関税上乗せを発動した。これは通商拡大法232条、安全保障への脅威を理由とし、各国輸入品に適用されるもので、一部の国は対象外あるいは一時的除外とされたが、中国、日本は除外されなかった。
この前日、通商法301条、知的財産権の侵害を根拠に、中国からの輸入品500億ドル相当に25%の制裁関税をかける方針が示された。中国は即座に米国からの輸入品に同額同率の報復関税を発動すると表明した。
こうした米中貿易摩擦の激化に対しては、サプライチェーンの分断を招くとして米国内外から懸念が示されたが、7月6日、制裁第1弾として、500億ドルの一部、340億相当のハイテク製品など818品目に25%の追加関税を発動した。これに続いて8月23日、第2弾として残りの160億ドル相当の279品目に関税上乗せが実施されることになった。
トランプ大統領は、第3弾2000億ドル、さらに第4弾を打ち出すかまえを見せており、こうなると中国からの輸入5000億ドルの大部分が含まれることになり、米国の消費者の負担増は目に見えたものになる。他方、中国の米国からの輸入は1300億ドル程度にとどまるので、報復関税を発動するには弾切れになり、他の報復措置をとらざるをえなくなる。
技術=軍事覇権をめぐる争い
トランプ大統領のねらいが中間選挙での勝利にあるとすれば、今後双方が「面子」を保つ形で妥協点を見出すかもしれない。しかし、米国が意図しているのは、中国の技術覇権国=軍事覇権国化を阻止することである。この間の米中通商協議では、中国の戦略的産業政策「中国製造2025」関連の補助金の停止など、中国がとうてい受け入れられない要求を持ち出している。関税引上げの根拠を安全保障への脅威、知的財産権の侵害としていることも、技術=軍事覇権防衛の意識が作用しているとも考えられる。
注目されるのは、中国を代表するハイテク企業、ZTE(中国通訊)、ファーウェイ(華為)に対する取引規制の動きである。また、8月15日、外資の対米投資を規制する「外国投資リスク審査近代化法」(FIRRMA)が発効し、中国企業による米国企業の買収が一段と厳しく監視されることになった。米国企業の対中取引についても規制が及びつつある。
しかし、すでに米中経済の相互依存が進むなかで、こうした規制によって中国の技術開発を抑え込むことは、一時的にはともかく長期的には不可能である。すでにデジタル技術関連の特許申請件数、人材育成などでは中国が米国を追い抜く勢いである。
覇権構造の転換―多極化への道
中国は「一帯一路」戦略を通じてユーラシアの地域覇権を打ち立てる野心を抱いている。AIIBを通じたインフラ建設、人民元の国際通貨化、QRコード決済の普及、これらは地域覇権形成の手段である。これに対してトランプ政権は、「米国第一」の立場から、戦後米国が主導してきた国際システム、国連、WTOなどから距離を置こうとしている。
「米国第一」への傾斜はトランプの特異な個性のみに帰することはできず、米国という国家の格差社会への変質の反映であって、もはや後戻りはできそうもない。長期的には米国は中東・東アジアからの軍事の引上げ、基軸通貨ドルの弱体化に進まざるをえず、世界覇権国の地位を維持できなくなるだろう。それでは2030~40年代あたりに、世界の覇権は米国から中国に移転していくのかといえば、そうなる可能性は低い。
もし中国の共産党体制が続くとすれば、世界をリードする理念、価値観を供給することができない。また、米中に続く、EU(欧州)、ロシア、インド、その他新興国の存在も無視できない。そうとすれば、今後の覇権構造は、米国1極から米中2極、あるいは中国1極へと移るのではなく、多極構造とならざるをえないだろう。そのような多極化時代には、主権国家を超えたグローバル・ガバナンスの必要性が一段と強まるのではないだろうか。