クビになりそうなのは「甥」だけではない
まちかどウオッチャー 金田 麗子
最近、句会で面白い俳句に出会った。甥が解雇されそうだというユニークな作品で、ここに紹介できないのが残念だ。(作者の了解を得てないし、作者がインターネットを含む各俳壇などに投稿発表する可能性があるからである)。
作品もさることながら、作品をめぐる議論も興味深いものだった。私の所属している俳句結社の句会だったのだが、結社主宰が次のような問題提起をした。
「解雇されそうな人物が、兄弟姉妹でなく、いとこでもなく、姪でなく、甥である必然性はあるのか」
屁理屈ではない。解雇対象者が、若く男性である必然性があるのかというのだ。中高年の男女、あるいは若い女性が解雇されそうなドラマは描かれないことは当然なのか、というのである。「母はやさしく、父は寡黙で、兄は威張っていて頼りなく、妹はしっかりもの」などという人物の描かれ方と同様、「通念」によるものではないかと言う。
なるほどと思いつつ、私はここでいう甥とは、「レッグス」のことを言っているのではないかと思った。
社会の底辺を支える若年非大卒男性「レッグス」
計量社会学者の吉川徹氏が著著「日本の分断」(光文社新書)において、「若年非大卒男性」を「レッグス」と名付け、彼らのほとんどが中等教育修了者であることから、「低学歴」ではなく、「軽学歴の男たち」と位置付けている(若年とは20代から40代未満)。
本書によるとレッグスは約680万人で、現役世代の11.6%を占めている。レッグスはバブル経済崩壊後、10代から労働市場に入った世代で、約半数が資格や専門的知識を必要としない、販売、サービスや「半熟錬、非熟錬」のブルーカラー職だ。非正規雇用率は14.0%、20人に1人が無職。離職経験者は63.5%、3か月以上の職探し、失業経験者は34%、3度以上の離職経験者は24%と不安定な雇用状況である。労働時間は壮年大卒男子、若年大卒男子、壮年非大卒男子と同程度長いが、個人年収は壮年非大卒男子層より150万円近く低く、300万円台前半である。企業の国内製造拠点の海外移転が進み、レッグス向けのブルーカラー雇用は国内からどんどん減っていっており、外国人労働者との競合にも晒されている。AI化、ロボット化もレッグスを脅かす。
まさしく「脚」として、日本社会の下支えを担うレッグスに対し、社会的政策が欠如したままでは、ますます貧困と格差の固定化が進むというのが、本書の指摘するところだ。
たしかに親族の中で解雇されそうなのは「甥」、レッグスである可能性は高い。
男性の雇用安定優先に隠された女性差別
しかし待てよと思う。「若年非大卒女子」はどうであろう。本書によると、レッグスと同年代である若年非大卒女子は、非正規雇用率35.5%、離職率は男子より軒並み高い。さらに労働時間が短いとはいえ、年収は140.2万円と男子の半分近くである。既婚者が7割と多く、世帯年収比較では男子を上回っているというものの、10人に1人が離別経験者で、母子家庭、シンブルマザーなど、貧困と隣合わせの水準の生活をしているという。姪たちも今まさにクビになりかかっている可能性が高い。
ところが本書は、彼女たちは「リスクの大きい社会的弱者」として、行政をはじめとするさまざまな支援を受けているとし、それに比してレッグスは社会政策上の対象にもなっていないと嘆く。20年前、40年前の日本社会と比して、非大卒男性が不当に不安定雇用や低賃金に追いやられて、不安定な社会構造が拡大することを阻止するためには、社会の基盤を担う男の雇用をまずは安定させなければと、言っているわけである。
そもそも本書が指摘するように、女性の個人年収は、すべての層で男性より大幅に低い。管理職が少なく、非正規雇用率が高く、労働時間が短く、労働単価が男性より低く、出産や子育てのための職業キャリア中断を余儀なくされているなどの理由があげられ、女性一人の稼得力は生活保護水準と変らないという。これって明らかな女性差別でしょう。「リスクの高い社会的弱者」として支援されているから、「レッグス」非大卒若年男子より恵まれているっていう話ではない。
もちろんレッグスの現状も深刻であり必要な対策は早急に取られなければならない。しかし問題は、不安定な雇用そのものにある。性別、年齢、学歴、雇用形態にかかわりなく解消されなければならない課題なのだ。
同じ「甥」「姪」にあたる、大卒若年男子や女子も、かつての同層に比して非正規率は高く、離職率の高さも指摘されている。いとこにあたる壮年層も、女性は総体として非正規率は高く、男性も離職率は高い。総務省によると60代以上の高齢者の非正規率が1.3%増えたという。解雇の危機にさらされているのはやっぱり「甥」だけではなかった。