日誌


2017/01/11

POLITICAL ECONOMY 第88号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「同一労働同一賃金ガイドライン案」
—労働法改革から社会改革への道筋

                       グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 政府は、2月に「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」を再開し、ガイドライン案に沿った法改正の議論に入っている。検討会では、3月中に報告書をまとめる予定で、これを受けて政府は「働き方改革の実行計画」に盛り込み、6月をめどに労働契約法・パート労働法・派遣労働法の3法改正案を国会に提出するという。

 政府が働き方実現会議に提出した同一労働同一賃金のガイドライン案は、基本給、諸手当、賞与などの基本項目ごとに、より詳細な具体的にブレークダウンした事例を、<問題にならない例>と<問題となる例>に分けて提示している。

 例えば、最初に記載されている基本給について、①労働者の職業経験・能力に応じて支給しようとする項目で、「無期雇用フルタイム労働者と同一の職業経験・能力蓄積している有期労働者またはパートタイム労働者には、同一の支給をしなければならない」という基本的に基準を示し、さらに<問題にならない例>を4例、<問題となる例>を1例示している。

意見不一致で先送りの個所も

 今回のガイドラインは、全体がほぼこうした形式で叙述されているが、ただひとつ「昇給について勤続による職業能力の向上に応じて行おうとする場合」の項目では、<問題にならない例>と<問題となる例>ではなく、(注)が付けられ、それもかなり長めの一文が記述されるという、異様な形式がとられている。

 しかも、その一文には定年後の雇用継続のいわゆる「嘱託社員」の賃金減額について、合理的か否かについて書かれている。その部分だけ抜き書きすると、以下の通りである。

「定年後の継続雇用において、退職一時金及び企業年金・公的年金の支給、定年後の継続雇用における給与の減額に対応した公的給付がなされていることを勘案することが許容されるか否かについては、今後の法改正の検討過程を含め、検討を行う」

 これは憶測にすぎないが、おそらく検討会の中での委員間の意見の一致が得られず、後の法改正の検討過程に先送りされたのだろう。今回のガイドライン案にはこうした例が、各所にみられる。

背景に労働法学での論争

 こうしたと見解の不一致は、検討会内部の対立や労使の対立に止まらず、上述の定年後の減額給与を巡る見解の相違(例えば長澤運輸判決への見解の違い)など、労働法や法曹界をも巻き込んだ、根深い論争があるからである。

 労働法学の世界には、菅野労働法vs水町労働法というような考え方の違いが鮮明になりつつある。この意見の違いが、今回の「同一労働同一賃金」を巡っても検討会や実現会議場で、いみじくも噴き出したのである。

 菅野労働法(菅野和夫「労働法」弘文堂)の考え方は「著しく不条理と認められるものであってはならない」というもので、労使自治に基づいて法による介入は謙抑的であるべきだとする。これに対して、水町労働法(水町勇一郎「労働法」有斐閣)は「合理的でないものは認めない」との立場で、3法やガイドラインで労使協議に縛りをかけて「同一労働同一賃金」に導くことを了とする。

 これまで法曹界では菅野労働法が大勢を占めていて、裁判官が労働案件の判決文を書くときはこれに依ってきており、判例シェアは8〜9割を占めているという。これまで大手書店では菅野労働法が平積みされていて、水町労働法は棚に1冊並べてあるだけだった。だが、最近東京駅前の丸善丸の内本店に行ってみたところ、菅野労働法と水町労働法が並べて平積みされており、本屋ではもうシェア5:5で、潮目が変わってきている。

 だが、この中でも使用者団体などの抵抗勢力は、ガイドラインを骨抜きにした法案審議を遅らせて、そのまま放っておいて、そのうち雲散霧消するのを狙っている。連合は、新しい潮流の先頭に立って、パートや契約社員・派遣労働者の間で盛り上がっている同一労働同一賃金への期待に応え、政府の進める「同一労働同一賃金」の実現する改革勢力の中心なってほしい。

 働き方改革で始まっている「同一労働同一賃金」と「長時間労働の上限規制」は、労働法改革を通じて、日本人の暮らし方改革、さらには社会改革へ邁進する道筋の第一歩である。


10:24

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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