日誌


2024/01/08

POLITICAL ECONOMY第255号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「トランプ氏 独走」-なんとも憂鬱な1年
       NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
  
 ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻と相次ぐ戦争の火ぶたが切られ、国際社会が求める停戦への期待も裏切られ続けている。2024年は戦争から平和への転換の年になるのだろうか。

 今年は世界人口の半分の人々が指導者を選ぶ選挙が行われる「モンスター選挙年」だという。既に1月に実施された台湾総統選を皮切りに、2月インドネシア、3月ロシア、ウクライナ、4月韓国総選挙、6月欧州議会選と続く。中でも最大の注目選挙は11月5日の米国大統領選だろう。国際経済をけん引する世界最大の経済力を持ち、軍事力を含む政治的影響力の大きさは、衰えが目立つといわれながらもなお強大だ。だれが米大統領に選ばれるのか。

バイデンvsトランプの構図だが

 朝日新聞の1月25日付け3面トップに「トランプ氏 独走」の見出しが躍った。大統領選にむけた共和党の候補者を選ぶ予備選がスタート、アイオワ州に続くニューハンプシャー州でもトランプ前大統領が対立候補・ヘイリー元国連大使に10ポイント以上の差をつけて勝利、「優勢をより決定的なものにした」と論評。一方で、民主党のバイデン大統領は2月3日の南部サウスカロライナ州の最初の予備選で大勝、実質的な対立候補がおらず、バイデン氏が民主党大統領候補に指名されるのは確実と報じられている。

 米国の総合情報サービス企業ブルームバーグと調査会社モーニング・コンサルトが1月31日、大統領選などに関する世論調査結果を発表した。この調査は、激戦州といわれる7州で実施され、もし大統領選挙が今日実施されたら、バイデン氏かトランプ氏のどちらに投票するかという問いに、トランプ氏が全7州(アリゾナ州で3ポイント差、ジョージア州で8、ミシガン州で5、ネバダ州で8、ノースカロライナ州で10、ペンシルベニア州で3、ウィスコンシン州で5)でバイデン氏を上回ったという。

  トランプ氏は 2021年の議事堂襲撃事件を巡り、コロラド州最高裁が「トランプ氏に大統領選に挑む資格はない」との判決を出しており、同世論調査ではトランプ氏が有罪になれば「トランプ氏を支持しない」との回答が53%に上ったという。投票日まで9か月近くの長い道のりがあり、不確定要素もあるが、11月の米大統領選はバイデン、トランプの現、前大統領の一騎打ちとなる公算が高まっている。

 バイデン大統領が勝利すると仮定すると、この4年間の政策や外交姿勢が続くことになり、大きな変化は見られないだろうが、逆にトランプ氏が大統領に返り咲いた場合はどうか。1月23日、来日中のポンペオ前国務長官はトランプ氏が返り咲いた場合、「政策は1期目と変わらない」と発言。7年前のトランプ政権発足時に経験したアメリカ・ファースト(米国第一主義)の嵐が吹き荒れるのか。気候変動の国際ルール『バリ協定』からの離脱、メキシコ国境への壁建設、同盟関係の見直し、保護主義の復活、対中強硬姿勢の強化、イスラエル支持、米国内の分断の加速など想定される。

日鉄のUSスチール買収に暗雲

 1月31日、トランプ前大統領から、アメリカ・ファーストを想起させる発言が飛び出した。日本製鉄による米鉄鋼大手USスチール買収を巡り「私なら瞬時に阻止する。絶対にだ」と断言した。日経新聞は2月1日付でこの発言を報道、「11月の米大統領選で共和党候補のトップを走る前大統領が反対の立場を表明したことで、バイデン政権の認可審査にも影響を与える」と報じている。

  首都ワシントンで大手労働組合の幹部と面会した後、記者団に語ったもので、「USスチールは日本に買収されようとしている。ひどい話だ。我々は雇用を国内に取り戻したい」と持論の経済ナショナリズムを強調。トランプ氏は大統領在任当時、鉄鋼輸入に25%、アルミニウム輸入に10%の追加関税を課し、国家安全保障上の懸念に言及するとともに、米国内の生産を押し上げるためこうした措置が必要だと主張した経緯がある。

  日鉄は昨年12月、USスチールを約141億ドルで買収すると発表。2024年4ー9月の買収完了を予定。買収完了までに米国規制当局の審査、USスチールの株主総会での承認、労働組合との交渉が待ち受けているが、規制当局の審査と組合の交渉が大きなネックとなる。全米鉄鋼労働組合は反対の態度を打ち出しており、労働組合を支援するバイデン政権が大統領選を意識して審査を長引かせると、「年内に結論が出ず、25年に突入する可能性があると複数の関係者が明らかにしており、買収実現までは長期化する」(ブルームバーグ)との見方が浮上しており、前途多難だ。

 仮にウクライナ支援に消極的と伝えられトランプ氏が大統領に復権すれば、ウクライナ戦争の和平は遠のく。さらに前大統領時代に親イスラエルの立場を鮮明にしていたトランプ氏はガザ侵攻に対してイスラエル寄りの姿勢を取ることは確実で、平和外交を期待することはできない。大統領選と同時に行われる上院選で民主党が過半数を割り込む見通しが伝えられなど米国政治は対立と抗争による機能不全の時代を迎えることになる。2024年はなんとも憂鬱な年となりそうだ。 


11:34

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告