いつまで続けるの?! 掻爬法
街角ウォッチャー 金田麗子
「掻爬(そうは)」という言葉をご存じだろうか。「掻爬」とは金属製のスプーン上の、大きな爪のような器具を子宮口から挿入して、子宮内の妊娠の組織を掻きだす手術である。
朝日新聞(2021年7月16日)で「いまだ掻爬する国」という、産婦人科医の遠見才希子さんのインタビュー記事を読んだ。
遠見さんはこの掻爬にこそ、日本社会の女性への意識が映し出されているという。
日本では妊娠22週未満の中絶が認められ、年間約15万件が報告されているが、その大半を占める12週未満の初期中絶では、「掻爬法」の単独、または掻爬法と電動式吸引法との併用が約8割を占めている。2015年に手動式吸引法が認可されたが、いずれにしても手術しか選択肢はないのが現状だという。
世界的には1980年代に飲み薬による中絶が始まり、今では70カ国が承認している。WHOも経口中絶薬を妥当な価格で広く使用されるべき「必須医薬品」と指定。安全な中絶方法として推奨。掻爬法は子宮内膜を傷つけるリスクがあることから「時代遅れ」と指摘。「手動真空吸引法」や経口中絶薬に切り替えるよう勧告している。やっと厚生労働省も今年「手動真空吸引法」の周知の依頼通知を、医療関係先に出した。経口中絶薬の承認申請もされつつあるようだ。
中絶の痛みや辛さ
私自身、中絶経験も妊娠初期流産の経験もあり、掻爬も一部電動式吸引法も経験した。流産の時は、朝食中に突然起きたので麻酔が使えず、麻酔なしで手術を受けるという、思い出してもぞっとする痛みを経験した。
遠見さんも、自身の妊娠初期流産のため、掻爬処置を受けたことが、中絶方法に疑問を抱くきっかけになったという。手術台の上で両脚を開き、金属製の器具を入れられる。ただ辛く身体的な健康だけでなく、精神的な健康のためにも、薬という選択肢を増やすことが必要と思ったそうだ。
遠見さんは国際会議で、海外の専門家から「なぜ日本は懲罰的な掻爬を罰金のような金額で行っているのか」と聞かれたという。日本では流産手術は保険適用されるが、中絶手術は適用されず10万円から20万円かかる。
WHOは「中絶は、女性と医療関係を差別やスティグマから保護するために、公共サービスまたは公的資金による非営利サービスとして医療保険システムに組み込まなければならない」と提言。高額な費用は安全な中絶へのアクセスの障壁にあるという考え方は国際的に広がっている。
日本は1948年、他国に先駆けて中絶が事実上合法化されたが、刑法に「堕胎罪」が残ったまま、「不良な子孫の出生の防止」という趣旨を含む「優生保護法」に基づくものだった。中絶の際、配偶者の同意が必要とされることも含め、中絶は女性が自分の身体について自分で決める権利の一つという認識が軽んじられてきた側面がある。
多くの女性が体験しているにも関わらず、中絶の痛みや辛さは、語りにくい問題として今なお議論しにくい現実がある。
「安全な中絶へのアクセスは権利である」
女性に限らず、すべての人に「自分の意思が尊重されて自分の身体の事を自分で決められる」SRHR(性と生殖に関する健康と権利)がある。女性自身の選択を尊重するべきなのは言うまでもない。
2020年公園のトイレで子どもを出産、死亡させた専門学生は、子どもの父親から中絶同意書のサインがもらえず、誰にも相談できぬまま出産したという。「母体保護法」14条は「医師は、本人及び配偶者の同意を得て人工妊娠中絶ができる」と規定する。
しかし本件は未婚の男女間で、そもそも同意書は必須ではないのだが、実際は民事訴訟などを恐れる医療者が自衛措置として求める場合が多い。少なくても当事者女性にはその情報は届いていなかった。知っていれば防げた事件だったといえる。
厚生労働省は、やっとDVなど事実上婚姻関係が破綻している場合に限り、同意書を不要とする運用指針を出した。しかし婚姻関係を維持していても、避妊に協力しない、望まない性交渉を強いられるケースは多い。配偶者同意規定自体を廃止するべきだと思う。
啓発に取り組む国際非政府組織ジョイセフの浅村事務局長補(2021,8,23東京新聞)は「SRHRには避妊や中絶へのアクセス、母子保健、エイズウイルスなどの性感染症、性暴力、ジェンダーによる差別など多くの課題がある」と指摘している。
性や生殖についての十分な知識を持つための「包括的な性教育」や、産めない・産みたくないときに避妊や中絶手段を「選べる環境」、貧困を理由とした性産業への従事を防ぐための「男女賃金格差是正」が欠かせない。
罰せられるべきは、SRHRが進まぬ日本社会そのものなのである。