日誌


2021/11/10

POLITICAL ECONOMY第202号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
連合「芳野・清水体制」と22春闘

                     グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢

 岸田首相は、労便トップの代表者らが出席する政府の「新しい資本主義実現会議」で、22春闘に向けて「自社の支払い能力を踏まえ、最大限の賃上げが期待される」と述べた。

岸田首相の賃上げ「3%超」

 第2次安倍政権の発足以降、2014年の労使交渉から政府が賃上げを要請する動きが続き「官製春闘」と呼ばれた。安倍首相は18年の政労使会議の場で「3%以上」という具体的な数値目標を掲げ、賃上げ交渉を政府がけん引することに取り組んだ。その後、菅首相もコロナ禍でも賃上げを続けるべきだと訴えた。安倍・菅の両政権は、そのつど「要請」や「お願い」といった言葉を使って春闘の賃上げをリードしてきたが、岸田政権はその言葉使わず、「期待」にとどめた。

 連合にとっては、岸田首相は最も頼りにならない政権だ。22年春闘で連合はベアと定昇を合わせて「4%程度」の賃上げ要求を掲げ、政府側に「足を引っ張らないようにしてほしい」と伝え、早くもその前哨戦が始まっている。

 先日の総選挙では、与野党がそろって「分配」の重視を訴えた。野党は、その財源は「金持ち、有価証券売買益、企業増税を」と主張、一方与党サイドは、「企業課税をすると企業は海外に脱出、経済は死んでしまう。「金持ちから」といっても、日本は年間所得1000万円以上の世帯は12%と、1996年の19%をピークに減り続けている」と反論、むしろ「求められているのは成長戦略だ」と主張する。

 はるか昔に大学で学んだ経済学のイロハに、国民所得三面等価の原則というのがある。三面等価とは『生産・分配・支出』が一教するということだ。だが、GDP世界3位の経済大国二ッポンが三面等価の通りにならないのは、「生産=分配=支出」の“=”が断ち切れて、等価循環になっていないからだ。これを正すのは、生産による付加価値の分配を適切に受け取り、それを消費している労働者を組織している労働組合が、国民運動を仕掛けるしかない。

連合芳野体制への期待と懸念

 10月の連合大会で、芳野友子会長の新執行体制がスタートした。連合初の女性会長をめぐっては、「ジェンダー平等に積極的に取り組む姿勢を示す意義がある(日経電子版 ”Nikkei View”10.7)とか、「(新会長は)多様性を呼び掛け、性差別解消や非正規雇用で働く女性らの待遇改善への強い決意を示した」(東京新聞10.7)など、各紙は好感をもって迎えた。

 筆者は、連合の新三役の誕生を何度か見てきたが、その都度その組合せに関心を持ってきた。添付した表「連合春闘31年の歩み」の右の列にある連合の歴代会長・事務局長の変遷を見てもらいたい。

 初代の山岸会長(情報労連)・山田事務局長(ゼンセン同盟)は民間の賃金事情に疎く、春闘共闘委員会と金属労協(IMF-JC)双方の春闘で重きをなした藁科(電機労連)を会長代行に就け、連合春闘初陣の指導を藁科に委ねた。2代目芦田(ゼンセン同盟)も鷲尾(鉄鋼労連)を事務局長に据え、4代目笹森(電力)には草野(自動車総連)、5代目高木(UAゼンセン)には古賀(電機連合)、6代目は古賀・神津(基幹労連)のJCコンビが安倍内閣の政労使会議に参画、14春闘で6年ぶりにベアを復活させて、7代目の神津・相原(自動車総連)のJCコンビに引き継いだ。

 このように、賃金に疎い会長にはJC系にサポートさせるか、JCコンビで春闘を仕切るのが連合人事の妙である。

 芳野は、はJuki労組の出身で上部産別は総同盟の流れをくむ全金同盟で、「春闘」に対する「賃闘」だが、それでも全金同盟はJC発足当初から加盟してJC春闘とのなじみが深い。しかし、事務局長に日教組の清水が就いた。清水は記者会見で「日教組では私学や大学職員の春闘に関わってきた」と発言、なんとも危なっかしい。

連合春闘、いま3連敗中

 そこで、ふたたび「連合春闘31年の歩み」の表に戻ると、19~21春闘と3連敗中だ。芳野・清水連合の初陣となる22春闘は、なんとしても連敗脱出を図ることである。

 大それたことを言わなくていい。まず、賃上げ額と率を3連敗前の水準に戻すこと、具体的には「額で7000円、率で2%半ば」を取り戻すことである。


10:31

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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