日誌


2021/11/21

POLITICAL ECONOMY第203号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
日本経済は低インフレにとどまり負の連鎖が続く


                             経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 11月のアメリカの消費者物価指数は前年同月比プラス6.8%、39年ぶりの高い伸び率となった。これは原油価格の高騰だけでなく、供給制約による需給逼迫に加えて賃金が上昇しているためだ。日本経済も世界的なインフレの波に襲われているが、アメリカと異なり消費者物価の上がり具合は鈍い。日本は大きく振れるインフレにはならず、上がってもプラス1.5%程度(年平均で1%程度)ではないか。賃金が上がらず、需要が低迷している現状ではこの20年のトレンドの枠内に収まるだろう。

 10月の消費者物価指数を見ると「総合」と「生鮮食品を除く」総合は前年同月比プラス0.1%だが、「生鮮食品及びエネルギーを除く」総合は0.7%のマイナスだった。ところが企業同士で取引する原材料などの価格である企業物価指数は、今年に入ってから上昇を続け11月は前年同月比9%上昇した。1980年12月以来、41年ぶりの上昇だ。

 このため仕入れ価格の上昇を販売価格に転嫁する動きが強まっている。10月末、吉野家が牛丼を387円から426円に値上げしたことが話題になった。2014年以来7年ぶりという。11月入って値上げに踏み切る企業が増えている。電気料金、ガス料金、食用油、小麦粉、牛肉、冷凍食品などで値上げが相次いでいる。

 11月の消費者物価指数は12月24日に発表される。先に発表された東京都区部11月(中旬速報値)を見ると、「総合」がプラス0.5%、「生鮮食品を除く」はプラス0.3%、「生鮮食品及びエネルギーを除く」はマイナス0.3%だ。都区部と同程度の上げ幅となるのではないか。

 消費者物価は、1998年をピークに右肩下がりが続いてきたが、2013年から上昇に転じ17年に「総合」と「生鮮食品を除く」のふたつの指数がピークを超えた。アベノミクスのおかげと言いたいところだが、消費増税(14年4月)と17、18年の原油高が押し上げ要因になっている。消費増税、原油高と円安による輸入品高で上昇してきたのである。

 つまり需要が拡大することで需給ギャップが生じ物価が上昇することがほとんどなかった。賃金の上昇で物価が上がることもなかった。ここがアメリカ経済と決定的に異なる点である。

原油価格は高止まりしても

 さて現在の物価上昇だが、大きな要因となっているのは原油と原料高である。原油は2020年4月に記録的安値をつけてから一本調子で上げてきた。現在は1バレル=71.69ドル(12月16日)となっている。原油高の背景にあるのは、中長期的なエネルギーの転換である。世界のエネルギーは再生可能エネルギーにシフトされ可燃エネルギーは減少を余儀なくされる。このため足下の需要増にもかかわらずOPEC(石油輸出国機構)は増産を躊躇しているのだ。こうしたことから専門家は1バレル=70--85ドルの高値で貼り付くのではないかと見ている。

 この高値水準をどう見るかだが、参考になるのは2013年である。11年から15年まで1バレル=90ドル台が続いていたが、円安となった13年と14年はダメージが大きかった。円換算すると13年は1リットル=60.2円、14年は61.6円。添付図を見るといかに高かったかが分かるだろう。

 では現状の原油価格はどうか。21年は1月には1リットル=33.9円だったが、11月は56.8円まで上昇している。この間に為替は1ドル=103円から114円まで11円も円安に振れている。明らかに円安が原油高を後押ししているのだ。この先、1バレル=70--85ドルになり、さらなる円安になれば1リットル=60円台の高値となる。

 添付図を見ると消費者物価指数は原油価格と連動しているが、賃金とはとほとんど連動していないのが分かる。13年の消費者物価指数はプラス0.4%、月次で見ると13年12月に1.6%を記録している。これがピークだ。

 14年はプラス2.7%に跳ね上がっているが、これは4月に3%の消費増税を行ったためで消費増税の影響分2%を差し引くとプラス0.7%となる。消費増税の実施は4月からなのでこの点を勘案するとおおむねプラス1%ということになる。ちなみに賃金は毎月勤労統計調査によると13年はマイナス0.2%、14年はプラス0.5%、物価高で賃金が上がらなかったので、実質賃金は13年も14年もマイナスとなった。

 これらから言えることは、原油が高止まっても消費者物価は1-1.5%程度にとどまるだろうということである。岸田首相は「賃上げを!」と言っているが、おそらく来年の春闘で経営側は上昇する原材料費の値上げによる利益圧縮を材料に賃上げを渋るだろう。物価が上昇するので多少の賃上げでは実質賃金は下がり需要は増えない。

補正予算は力不足

 日本経済の問題は、需要増→物価高→企業の利益増→賃金増→需要増という筋道を描けないことである。原油高で消費者物価が上昇しても賃上げしない限り需要は増加しない。政府による思い切った需要刺激策が必要となるが、この点でバイデン政権の経済政策を見習うべきだ。「負の連鎖」からの脱却は難しい。補正予算案を見る限り力不足は否めない。


18:25

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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