日誌


2021/12/03

POLITICAL ECONOMY第204号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
呉から高炉の火が消えた―3000人の雇用が消える

              労働調査協議会客員調査研究員 白石利政
 
 2021年9月29日、日本製鉄瀬戸内製鉄所呉地区(旧:日新製鋼呉製鉄所)で60年燃え続けた高炉の火が消えた。当初、呉製鉄所第1高炉の改修は23年度末を目途とされていたが、この計画が突如、20年2月7日に高炉の休止、23年9月末に製鉄所の閉鎖に急転した。中国などからの激しい価格競争を受け、「生産の一貫性や付加価値の高い商品力といった実力が相対的に低い製鉄所を休止するのが基本的考え方だ」(日本製鉄右田副社長。日本経済新聞20年2月7日)、その対象となった。

 折しも、造船中堅の神田造船所(呉)が中国や韓国メーカーとの価格競争激化のもと22年1月、主力の造船事業から撤退。従業員320人の約3分の2が造船事業に携わっている。

3,000人の雇用が消える

 雇用不安は深刻な状況下にある。呉地域では、日本製鉄の社員1000人に関連会社を含めると3000人が働いている。今回の高炉の休止でその半数にあたる約1,500人が、23年の工場閉鎖以降は大半の仕事がなくなる。一時期に3,000人もの雇用が消える一大事である。

 いち早く今の勤務先に見切りをつけ求職活動に乗り出した人の報も流れた。これを機会に引退や、自営業を考えている人もいる。多くの従業員は新たな勤務先を必死に探している。その際つぎのような3つのルートが動いているようだ。

新たな勤務先の3つのルート

1 配転、転籍などで雇用の継続

 その一つは勤務先のルートである。20年に日本製鉄が閉鎖方針を発表したのを受け、県などが「合同対策本部会議」を立ち上げた。広島県の湯崎英彦知事、呉市の新原芳明市長、日本製鉄の福田和久副社長らが出席した2回目の会議の終了後、福田副社長は「製鉄事業で培った稀有な技能を持った社員たちは(引き続き)我々のグループで活躍してもらいたい」と。そして自社の社員は県外への配置転換を進め、協力会社についても他の製鉄所などで新しい仕事ができるよう支援すると(日本経済新聞 21年5月20日)。配転、転籍などでの雇用の継続である。 

2 行政の仲介で転職

 二つ目は行政のルートである。協力会社の従業員の大半は地元での雇用を望んでいる。従業員の多くは市民でもあり、他自治体への転出は行政への打撃が大きい。行政(広島労働局、広島県、呉市)の取り組みは早かった。20年2月の発表直後の13、14日に 再就職先の合同企業説明会・相談会を開催。高炉休止後は「呉地区製鉄業・造船業関係従業員を対象とした就職相談会」(21年10月から22年3月)が実施・計画されている。県の就職相談会のパンフレットには「専門のカウンセラーが、個別の相談により、早期の就職を全面的にサポートします」と謳っている。

 広島労働局によると、20年2月から21年10月末までにハローワークなどの仲介で再就職先が決まったのは308人(中國新聞 21年11月19日)。なお、地元を代表する金融機関、呉信用金庫も21年3月、県内外の取引先企業などから「日鉄関連の人材を採りたい」と相談されたのがきっかけとなり、就労支援に乗り出している。行政のカウンセラーの仲介による地元企業への転職である。

3 親族や知人の縁故で再就職

 個人のネットワークも有力なルートとなっているようだ。「複数の協力会社によると、従業員には、ハローワークなどの公的支援に頼らず、親族や知人の縁故で再就職先を決める人たちも増えている。『面接ではいきなり個人情報を聞きにくいご時世。会社も年齢や資格でしか人を見ない。それなら知り合いの紹介の方が断然安心』。地元企業の採用担当者はきっぱり言う」(朝日新聞 21年9月24日)。人的つながりによる再就職である。「弱い紐帯の強い力」(M.グラノヴェター『転職』)を示唆している。

 多くの従業員の「職探し」はまだまだ続く。「職探し」のネットワークが有効に機能し、今まで培ってきたキャリアが活かせることを切に願う。

街の火を消さない!

 地域経済への影響も深刻だ。日本製鉄と取引している広島に本社のある会社は 117 社(帝国データバンク広島の20年2月発表)。日本製鉄とその関連の従業員が市内に落とす金は年103億円。工場閉鎖後は市の税収入も大きく落ち込む。直近のニュースでは、工業用水の大口撤退で他の企業の料金負担の大幅値上げが話題になっている。将来的には日本製鉄(株)瀬戸内製鉄所呉地区の跡地、約143ヘクタールの活用も課題となる。

 呉地域を支えてきた重厚長大産業の見直しが現実のものとなった。街の火を消さない、新たな「まちづくり」の“火入れ”が迫ってきた。

08:53

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告