日誌


2021/12/13

POLITICAL ECONOMY第205号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
中国の貧困撲滅が米中対立激化を生む 
                                    
                                           経済アナリスト 柏木 勉

  コロナ禍により貧困問題への対応が大きな課題になっているが、今回は貧困の状況を日本のみでなく世界大で見てみたい。また米中対立激化のなかで、中国の貧困撲滅とそれに対する中国共産党・政府の認識および今後の基本戦略との関連についてもほんの少し触れたい。

 なおデータが年ごとにそろわないが、おおむねの大勢を把握するということで御了承いただきたい。

日本の貧困率はアンダークラスと旧中間層で上昇

  世界各国同様であるが、コロナ禍は日本の弱者の生活を直撃している。

   橋本健二氏は、ネットで約6千人を対象に、第1回非常事態宣言時と2021年1-2月を比較する調査を行った。それによると、特に大きな打撃を受けたのは、弱い立場のアンダークラスと零細な商工業者の旧中間階級である。アンダークラスは、不安定雇用・低賃金層で労働者としての最低条件すら満たされない人々である。商工業者の旧中間階級は、以前からすでに衰退が続いてきた零細業者の人々である。

 両者とも経済的・社会的に困難を抱えていたところへコロナ禍が襲った。非正規労働者を見ると、男性および配偶者のいない女性の非正規労働者で貧困が激増している。貧困率はアンダークラスでは8.0%、零細な旧中間階級は20.4%と高水準である。これに対して資本家階級が7.5%、新中間階級が5.2%、通常の労働者階級は9.5%にとどまる。大きく二分されていることがわかる。この理由は当然のことだが収入の減少である。しかし、勤務日数や労働時間が減少するなかでも、新中間階級において収入が減ったのは37.0%にすぎない。対して労働者階級では52.1%、アンダークラスと旧中間階級は、それぞれ61.6%、67.3%ときわめて高い。弱者がより大きな打撃をうけ、格差は一層拡大した。

 子供食堂も急増し、幼い子供への食事も満足に与えることができない。いまや日本は先進国から転落しようとしている。(注:新中間階級は管理職・専門職・上級事務職)

世界最大の貧困層を抱えていた中国は減少させた

 世界銀行によれば、コロナ禍前まで世界の貧困は大きく減少してきた。貧困層の推移は、1990年で19億1千万人、2010年で11億1千万人、2015年は7億3400万人、貧困率は1990年で36%、2015年で
10%、 2017年で9.3%と減少してきた。

 一方、世界人口は1990年で52.8億人、2010年で69.2億人、2020年は77.6億人と急増してきたから貧困撲滅の努力とその貢献は大きなものがあった。

(なお世界銀行は、2015年10月に、国際貧困ラインを2011年の購買力平価で1日1.90ドルと設定。2015年10月以前は、1日1.25ドル。貧困率は1日1.90ドル未満で生活する人の比率。絶対比率である)

 ところで、この世界の貧困層の減少に最も貢献したのは中国であった。というのは、貧困層が世界一多かったのが中国だったからであ
る。2013年にCNNは概要次のように報道した。

 世界銀行によると、1981年には1日1.25ドル未満で生活する貧困人口が世界の人口の半数近くに上っていたが、今日(2013年)ではその数は世界の人口の5分の1未満となっている。しかし、貧困人口減少のほとんどは、たった1つの国、中国の減少によるものだった。1981年の世界の貧困人口に中国が占める割合は43%だった。この中国の割合は一貫して低下を続けて、2010年には13%、約1億4千万人にまで低下した。

 また同じく世界銀行のデータによって、1981~2015 年を見ると、中国は貧困人口を 7 億 2800 万 人も減少させた。その間、世界の他の地域で貧困脱却した人口を見れば、わずか 1 億 5200 万人である。

 直近では、習近平が2021年2月25日の北京市での重要講話の中で「貧困脱却堅塁攻略戦」に全面的な勝利を収めたと宣言した。これは中国基準の貧困ラインに照らして農村貧困人口の9,899万人が全て貧困から脱却したというものである。習均平はまた、中国基準でなく世界銀行の貧困基準にもとづいても、改革開放以降(1978年12月)に貧困層から脱却した人口は累計7億7,000万人に上り、同期間に減少した世界の貧困人口の70%以上を占めたと述べ、内外にむけ成果を誇っている。

 このように、世界銀行基準でも中国の貧困脱却が、人権無視の強制が多くあったとしても大幅に進んだことは確かであると云ってよい。

コロナは貧困脱却の流れを逆流させた

 しかし、中国基準では貧困脱却が完了というわけにはいかない。購買力平価で1.9ドルは20年平均で4786元である。ところが中国基準は4000元であり、世界銀行基準を満たしていない。また、中国は現在ゼロ・コロナ戦略で感染者を抑え込んでいるかにみえるが、その代償も相応のものがあるだろう。貧困脱却宣言にもかかわらず貧困がぶりかえすことは避けられない。世界銀行は、2021年にコロナ禍で引き起こされた世界の貧困層は、20年に引き続き9,700万人としている。中・低所得国では基本的な文章を読めない10歳児が53%から70%に上昇したことも紹介している。コロナは貧困脱却の流れを逆流させてしまった。 

 このようななかで米中対立が深まっている。中国は(コロナで多少貧困が増加しようとも)これまでの高成長と貧困撲滅により、すでに新たな発展段階に達し強国をめざすと世界に向けて公言している。中国ウルトラ・ナショナリズムも誕生している。貧困撲滅という成果が大国意識をかきたて対立を激化させているのは皮肉というしかない。政治のなせるわざである。


10:03

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告