日誌


2021/12/30

POLITICAL ECONOMY第206号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
日本はデジタル化の遅れを取り戻せるか
                                                金融取引法研究者 笠原 一郎

 “日本はデジタル化に取り残された”との声を受けて、前の菅政権は「デジタル庁」なるハコモノを昨年9月にスタートさせた。発足の前段階から河野前行革大臣の“ハンコなくせ”の掛け声もむなしく、旧来慣行が止む気配は見えない。また、新デジタル庁の長にはデジタルとは相当に距離があるように見えるご高齢の大学教授が就任され、鳴り物入りで開発を進めたコロナ感染対策ソフトCOCOAはチェック不全から機能せず、“アベノマスク”と同じく見向きもされない悲しいものとなっている。

 さらに“民”でも、みずほ銀行が社運をかけて数千億円を投じた最新鋭システム“MINORI”がたて続けに大規模なシステム障害を引き起こしている。この原因として3行合併の弊害、IT人材の軽視と様々に報じられているが、いずれにせよデジタル化への焦り、地に足がついていない現状を映しているように見える。

なぜ、日本のデジタル化がこれほどまでに残念なのか
1.埋もれる有能な人材

 まず言われていることは、デジタル先端人材の困窮であるが、デジタル化のベースとなるシステム構築の現場はどのようになっているか。システム製造工程のほとんどはSE(システム技術者)と呼ばれる“人”に依拠する。彼らはユーザーの求めるシステム仕様の要件を定義(概要設計)し、これを作動させるプログラムに書き込み、これら様々な機能のプログラムを結合し、実データ等を投入したテストを経て、一連のシステムを完成させる。

 こうした工程の流れはウォーターフォール型開発とも呼ばれるが、作る人個々の能力・IT感度に依存するところが大きい。しかしその現場業態は、旧態然とした請負・外注-ITゼネコンと呼ばれる元請けの大手システム会社から何階層にもわたる下請け-構造の上にある。

 政府・地方公共団体・銀行等の大口ユーザーから発注を受けたITゼネコンは、要件定義・プログラムからテストまで、多くの工程で下請け・SEに“丸投げ”し、納期で縛り雁字搦めにする。ここでITゼネコンの腕の見せ所は、如何に安く・技術のある下請け・SEを手配できる(囲い込める)かにある。要するに、彼らはITの技術ではなく、資金力と過去の経緯等によって仕事を受注し、上前の多くをピンハネする。言葉は悪いが“人足手配”業である。

 報酬の多くはシステムの構築を担った技術者たちにではなく、ITゼネコンに吸い上げられ、本当に技術をもつ人が報われない構図である。こうして日本ではITリテラシーをもつ有能人材は、手配師となるか、階層の下位で働くか、に埋もれてしまう。これでは彼らが持つ新たな創造の芽は摘まれ、データとデジタル技術の融合を目指すDX(Digital Transformation)は望むべくもない。

2.DXの創造と叫んでも踊るのは手配師の親玉

 IT業界内では数年前からDXの推進は叫ばれている。しかし、こうしたIT業界の構造のなかで、いかにDXの創造と叫んでも、踊るのは手配師の親玉でしかないITゼネコンと丸投げのご本尊と化した国・行政のみとなる。“IT人材の海外からの招聘”も議論となっているようだが、怪しげな海の外の人たちにピンハネ構造の更に上前をはねられるのが関の山であろう。

 アナログ人間の私ではあるが、数年だけIT業界に身を置いた者の“肌”感覚として、多くの現場IT技術者の潜在能力は高い。では、日本のIT産業構造のなかで、如何にすれば、報われることが少ない有能なデジタル人材を活用し、DX創造の芽を育てることができるのであろうか。

IT人材の活用、発注する側も変わらねば

 凝り固まったこうした構造を変革させていくには、昔の誰かの
“構造改革!”の雄叫びだけでは厳しい。IT人材の活用には、作る側だけでなく発注する側もまた変わらなければならない。日本で最も大きなITユーザーは、国・地方公共団体等の“公”に関わるセクターであろう。しかし、残念ながら彼ら自身には発注したシステムの機能チェックすら期待出来ない。

 そこで暴論と言われるかもしれないが、“公”のシステムの発注にあたっては、元請けのITゼネコンに対し「最終テストでの請負・外注の禁止」を求めるのはどうだろうか。“公”であれば通知1本である。ITゼネコンはシステム工程の全てを自らが理解していなければ、最終テストは出来ない。すなわち構築したシステムの品質に全面的な責任を持たせる。と同時に、品質を確保のためにはデジタル人材をITゼネコン内で処遇・活用せざるをえないところにも繋がろう。

 これのみでデータとデジタル技術の融合というDXの遅れを戻せるものではないとは思う。しかし、少なくとも報われることが少ない有能人材が陽の目を見る、積極的に活用させるための構造転換こそが、DX創造に臨むための第一歩ではないだろうか。国はハコモノを作って綺麗なポンチ絵を描くだけではなく、まずは足元を見つめなおし、日本のIT産業構造の変革を促すところから考えるべきではないだろうか。


18:40

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告