日誌


2020/06/21

POLITICAL ECONOMY第170号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
新型コロナウイルス、ここにも「キタ」

                                      労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 新型コロナ禍について、散歩仲間と今年の花見の相談を始めた頃は「困ったもんだ!」という程度だった。それが、4月16日に近くで感染者が確認され、一気に不安になった。イタリアの作家、ジョルダーノは「僕たちは今、地球規模の病気にかかっている最中であり、パンデミックが僕らの文明をレントゲンにかけているところだ」と語っている(「コロナ時代の僕ら」)。身近なところからも「真実」がもれてくる。

広島のソールフードお好み焼きがピンチ

  この4月の売り上げが前年同月を下回った店舗は88.7%、前年同月比 半分以下の店舗が52.6%。これは広島市内のお好み焼き、205店舗の結果である。なかでも「お好み村」のある市内中区の落ち込みが大きかった(広島経済大学の地域経済研究所調査)。

 「お好み村」は、戦後、広島市中心部の新天地広場に集まった50件ものお好み焼きの屋台をみて、作家きだみのるが言った「まるでお好み村みたいだね」に由来する名前。その後高層ビルに生まれ変わり、現在24店が営業している。新型コロナウイルスの感染拡大でツアーや修学旅行などまとまった客足が減ったこと、それに感染対策で鉄板を前にする密集回避のため席を減らす営業スタイルが影響している。

マスクに踊らされる

 飛沫感染への対処としてマスク着用が呼びかけられた。この地でマスク不足が聞かれ始めたのは2月になってから。そのうち店の棚から消えた。マスクを求めて開店9時に備え7時ごろから行列ができ、入手困難な状況が続いた。ひとり一箱からひと家族一箱に、それでも購入できない時期があった。

 マスクは用途に合わせ多種多様で、現在の国産の一般向け主力商品は ほぼ不織布で加工され3層構造。ウイルスや花粉などをカットするフィルターが組み込まれており、その部分や耳ひも部分は素材としてプラスチック製品が使われている。散歩中、道端に投げ捨てられたマスクが気になる。

 マスク不足が収まった6月中旬に「アベノマスク」が届いた。調達費は約184億円。このほか配送費などで約76億円が見込まれるとか。恐ろしくなる。よほどのことがない限り使わず記念にとっておこうと思う。たかがマスク、されどマスクは公衆衛生、環境問題、政治問題にもなり、考えさせられる。

テレワーク 期待されるその「定着」

 新型コロナウイルス感染症専門家会議から「人との接触を8割減らす10のポイント」が示された(4月22日)。そのなかのひとつが「仕事は在宅勤務」である。その多くはICT(情報通信技術)を活用してのテレワークであろう。

 日本でも研究をしていたスピンクスは、30年前にテレワーク導入の狙いについて、業務の効率化(自分の作業に集中)、人材の活用、福利厚生(通勤の回避、家族ケアへのフレキシブルな対応など)、そして危機管理(大地震や、テロなど)を挙げ、「とりわけ2次災害を防ぐという意味では人による移動を必要とせず働くことのできるテレワークのメリットは大きい」と指摘していた(「テレワーク世紀―働き方改革」)。そのころ注目されていたのは自宅近くのサテライトオフィスでの「勤務」だった。私の訪ねた大宮市のサテライトオフィスでは育児期間中の女性が利用しており好評だったが、「自分の机の大きさと向きにこだわる人は利用しないだろうな」と、思った。

 これが新型コロナ禍で一変、こだわるのは仕事の「成果」となった。折しも東京都の人口が1,400万人を突破(5月1日現在)との報。テレ(tele-)は距離的に「遠い」の意。東京一極集中を緩和するためにも、通勤圏「外」からのテレワーカーが増えて欲しい。自治体は魅力的な「人の誘致・定着」策で競ってもらいたい。

エッセンシャルワーカー 感謝と処遇の改善を

 「テレワーク出来ない人が支えている文明社会の根っこの部分」(藤山増昭)。これは永田和宏の寄稿で知った(朝日新聞大阪本社版 5月26日)。テレワークで身の安全を図ることのできない、医療、消防、食料品スーパー、宅配、電力、運輸、ごみ収集などで働いている人々、このごろ耳にするようになったエッセンシャルワーカーを詠ったものだ。

 まずは感謝の気持ちを伝えるべきだと思う。そんな折、宅急便の女性ドライバーから荷物とともにクッキーが届いた。なんでもケーキ屋さんに頼んで焼いてもらったとのこと。女性ドライバーの心意気と、いちいちメッセージを描き焼いた職人の思いをも噛みしめ美味しく頂いた(図参照)。

 新型コロナ禍のもとで、エッセンシャルワーカーに対する危険手当が話題になっているが、「社会で果たしている役割」に相応しい労働条件のもとで働いてもらいたい。

 ヒトは飢え、戦争、天災、そしてウイルスに悩まされ、その都度、「文明」の脆弱さが露になってきた。新型コロナウイルスとの生活はまだ続きそうだ。乗り切れる人とそうでない人とで差が出ることも懸念されている。ヒトの学名はホモサピエンス、「知恵のある人」だ。暮らし向き、暮らしぶりを見直す機会になることを願う。


10:57

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告