日誌


2020/06/08

POLITICAL ECONOMY第169号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
休業者597万人の政治経済学
                      グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 政府の緊急事態宣言のさなか、総務省が4月の休業者数が597万人に急増したと発表した。この統計では過去最多で、自粛による経済活動の抑制が雇用危機を顕在化した証しだと受けとめられている。

  ところが、同じ調査の完全失業者数の方は189万人と、前月に比して13万人増、前月より0.1ポイントの上昇に止まった。仕事を失った休業者が急増したのに、失業者が増えないのはどうしたことか。そのカラクリはこうである。

休業者急増のカラクリ

  労働力調査は、15歳以上の全労働力人口を対象とする全国サンプリング調査である。このうち少しでも仕事をした者を「就業者」と呼び(約6600~6700万人)、調査の1週間中に少しも仕事をせず、かつ仕事を探して求職活動しているのを「完全失業者」と定義している。

 しかし「就業者」が仕事を失っても、即「失業者」になるわけではない。「完全失業者」にされるには、次の要件が必要だ。
①、仕事がなくて調査週間中に少しも仕事をしていないこと
②、仕事があればすぐ就くことができる
③、調査週間中に、求職活動をしていた

 以上の3つの要件のうち①、②の要件に合ったとしても、調査期間中に求職活動ができなかったり、あるいはしなかった者は③を満たさないとして完全失業者にカウントされない。

  したがって、「就業者」が次の仕事に就くまでの間には、以下の二つに分類される。
①、調査期間中に収入を伴う仕事を「1時間以上」した者=「従業者」
②、調査週間中に少しも仕事をしなかった者=「休業者」

 この4月の一ヶ月に、①の「従業者」が前年同月に比べて500万人減り、「休業者」が同じく420万人増えたということは、597万人が仕事を失いながら、求職活動せずにいたために「完全失業者」にカウントされずに「休業者」のまま止まるという、特異な現象が起きたのである。なぜか? 

  4月の休業者420万人増の内訳をみると、自営業主70万人、正規の職員・従業員193万人、非正規の職員・従業員300万人、その他34万人と、非正規労働者がもっとも多く休業していることが分かる。その他34万人にはフリーランスとかクラウドワーカーが含まれているのか、自営業者の中でどの程度カバーされているかはつまびらかではない。非正規と並んでフリーランスが、休業者急増のカラクリを解く第一のポイントである。

コロナショックは雇用危機

  いまひとつ重要にポイントは、4月16日に政府の緊急事態宣言が発令され、それに前後して安倍内閣が矢継ぎ早に緊急雇用対策を打ったことである。コロナ雇用危機に対する安倍内閣の政策の水際立った特徴は、雇用保険の被保険者ばかりでなく、幅広い労働者の休業にも助成金を給付したことである。

  リーマン・ショックの時には、「雇い止め」や「派遣切り」にあった非正規労働者の雇用保険未加入者が、その保障からこぼれ落ちた。当時、筆者は一人100~200万円を緊急特別給金と再就職支援をせよと論陣を張った。この考え方は、その後、1ヶ月以上の雇用見込みの者は雇用保険の対象とする旨改善された。ところが、その後に派遣現場に行って聞いて回ると、短期労働者(6ヶ月契約)だから社会保険に未加入にしており、6ヶ月に一日短い契約だから合法だと言う。こうした契約を繰り返して2年、3年と働いている人が多い。

  それから10年、コロナショックに追い込まれた自動車業界は、期間工といわれる派遣社員が全国で約35万~40万人いる。だが、今度のコロナショックで、例えばトヨタ自動車では、休業中の派遣社員に対しても6割以上の休業手当を派遣会社経由で支払っている。また直系協力会社や大手ベンダー(派遣会社)も同様の休業手当を活用している。リーマン・ショック時とは隔世の感であるが、これは政府の緊急雇用対策の効果といえる。だから、無理して働かなくても、手当をもらって休業者になる。

ポスト安倍は「雇用」を良くする政治家を

 だがコロナ雇用危機は、非正規雇用危機である。とりわけフリーランスやクラウドワーカーは、緊急雇用対策の恩恵にあずかれないままである。これに自民党の岸田政調会長は「雇用調整助成金1万4、5千円に」と声を発し、梶山経産大臣も「フリーランスの人達に最大100万円を受け取れるようにする」と続いた。雇用対策は、経済政策の範疇を超える政治の問題だ。政府も「みなし失業」制度の適用を進めた。まさに政治経済学である。

 ケインズ以降の現代経済学の要諦は「雇用」にある。コロナ後のボスト安倍を誰かと問われれば、「雇用」を良くする政治家が良い政治家だと言いたい。


09:08

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告