日誌


2020/05/24

POLITICAL ECONOMY第168号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
コロナ禍で変容する中央銀行
                            経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 コロナショックで経済は激しい落ち込みとなり、事業と生活を最低限補償する観点から補正予算が二度組まれ、当初予算を含め90.2兆円すべて新規国債発行でまかなうことになったが、あれほど強調されてきた「財政危機論」は、あまり聞こえてこない。「ここで踏ん張らないと経済の土台から崩れる」という認識が広まったこともあるが、それだけではない。増える国債は事実上日銀が買い取るうえ、超低金利は維持されているので、政府の財政負担はさほど増えないと見られるからだ。

 新型コロナウイルス感染拡大は、第二波、第三波もありうるので、コロナ大不況はまだ深まる可能性がある。景気回復に弾みを付けるため三次補正を組む必要があるだろう。さらに2020年度の税収不足の補填も問題になる。景気の落ち込みで税収は当初見込みより10兆円以上減ると見られている。そして来年度予算である。あっという間に新規国債発行は19年度比で100兆円増となってしまう。

 財務省の当初予算段階の見通しによると、国および地方の長期債務残高は2021年3月末で1117兆円(GDP比率2.0倍)。これに100兆円を加えると1217兆円でGDP比率は2.23倍まで膨れあがる。

 これまで国債を増額させてきたのに財政危機にならなかったのはなぜなのか。最大の要因は金利の低下であろう。は財務省のホームページに掲載されているものである。公債残高(図では国債のみの金額となっている)は増加の一途なのに利払い費(国債発行に伴う毎年の利息)は10兆円を超えていた90年代から2000年以降は逆に減少して7-8兆円で推移している。理由は金利(国債の利回り)が低下しているからである。令和2年度は8.5兆円と前年度比で0.7兆円増加しているが、これは補正予算によるものをプラスしたためである。

量的緩和で金利を引き下げ

 ではなぜ国債の利回りは低下しているのか。1990年代はいうまでもなく日銀による政策金利の引き下げのためである。2000年にゼロ金利になりその後は、非伝統的金融緩和に踏み込んだ。白川総裁まではあまり積極的ではなかったが、基本的には量的緩和を進めてきた。そして黒田総裁による異次元緩和が行われた。

 異次元緩和では当初は、インフレターゲッティング政策を採用、量的緩和で金利を下げ、民間企業の資金需要を刺激し物価を上昇させて高い経済成長を達成させるというものだった。ところが初期の目標は達成できず失敗、16年1月にマイナス金利を採用、9月にはイールド・カーブ・コントロールによる長期金利(10年物国債)をゼロ%にする方針を採用した。量的緩和を縮小しながらも基本的には続行し超低金利を維持する政策である。物価は上昇せず低成長にとどまった。

 そして今回のコロナショックで再び量的緩和のアクセルを踏んだのである。日銀が大量の国債を買い続けるということは、事実上の「財政ファイナンス」である。

 超低金利が維持できれば国債を増発しても利払いがさほど増えないので、何とか持ちこたえられる。その間に景気を回復させようということなのだが、この戦略に穴はないのか。

 よく指摘されるのが日銀は国債以外にもETF(上場投資信託)、J-REIT(不動産投資信託)などを大量に購入しているので、膨れあがった保有資産の価値が下落すると信用不安が生ずる可能性があることだ。また何かのきっかけで金利が上昇するリスクもある。「もし金利が1%上昇したら、政府の負担は何兆円増える」という議論は仮定の話とはいえ恐怖感はある。

 しかし、量的緩和による超低金利のリスクは、そうした“恐怖感”にあるのではなく、いつまでも量的緩和を続けなければならないことにあるのではないか。というのは日銀が持つ国債保有残高の伸びをゼロにする(毎年保有残高を同じにする)だけで、市中に流通する国債は増加し、国債価格の下落(金利の上昇)要因となるからだ。

 逆に言うとこの要因をうまくコントロールできれば超低金利の維持は可能となるのだが、日銀の場合、異次元緩和であまりに巨額かつ必要以上に国債を買い込んでしまったために、日銀が国債を買い続ける余地を狭めてしまった。ここがFRB(米連邦準備制度理事会)やECB(欧州中央銀行)と決定的に異なる点だと思う。


「物価安定」から「金利安定」へ

 なぜこんなことを綿々と書いたかというと、コロナ大不況を経て巨額の債務を抱える政府に寄り添わざるを得ない中央銀行は、役割を大きく変えてきていると思えるからだ。BNPパリバ証券チーフエコノミストである河野龍太郎氏は「(今日のパンデミック危機で)中央銀行の主たる目的は、物価安定から金利安定にシフトする可能性が高い」(「週刊エコノミスト」2020年5月26日号)と述べている。この指摘はかなり当たっていると思う。


07:55

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告