日誌


2019/10/24

POLITICAL ECONOMY第153号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
廿日市市・市長選
熱のこもった論戦、しかし上がらぬ投票率

                          労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 わたしの住む廿日市市は旧廿日市市に佐伯町と吉和村が2003年に、大野町と宮島町が2005年に合併してできた。広島県の西部に位置し市内に世界遺産の厳島神社がある。国勢調査によると2005年の人口は115,530人(65歳以上19.9%)、2010年は114,038人(同23.3%)、2015年は114,906人(同27.7%)。住民基本台帳で直近(2019年)の人口をみると117,098人(同29.7%)、ここ4年連続の転入超過の一方、空き家も目につく、将来的には少子高齢化が懸念されているまちである。この10月20日に市長選が実施された。

 候補者は前市議の松本太郎氏(50歳)と元副市長の川本達志氏(62歳)の新顔2人。前回に続いての挑戦となった。ともに無所属からの出馬であるが、自民党系の地元県議や市議、経済界を二分した。松本氏が前市長の後継指名を取り付けたこともあって、市政の「継承」も争点に加わった。同氏は連合広島の推薦をも得た。

街づくり、福祉で違いが浮き上がる

 今回の市長選で特筆すべきことのひとつは、商工会議所・商工会青年部主催の公開討論会が立候補受付(13日)前、市内4カ所で夕方の6時から開催されたことである。私は大野地区で、200人くらいの参加者とともに聞き耳を立てた。休憩を挟んで約2時間半、熱のこもった意見の発表、候補者間での質疑が展開。終了後、「今日の会合はよかった」との声が聞こえた。参加者の年齢はやや高い印象を受けた。各会場でのやりとりはその後YouTube で配信されている。

 各地の公聴会を通して、候補者2人の市政への考えに大きな違いのあることが浮き上がった。

 松本氏のまちづくりのキャッチフレーズは「ベッドタウンからホームタウンへ」で、目指すはコンパクトシティ、そのモデルは富山市。そして新機能都市開発事業や木材港の埋め立て事業で工業団地を造成し企業を誘致し税収と雇用を確保。市の中心部の土地利用規制を緩め高層集合住宅による再開発で転入者と税収増。宮島への「入島税」導入を2021年までに目指す。都市経営については、地域の多様な関係者の参加によるまちの活性化や賑わいの創出、イメージアップやブランド化を図るエリアマネージメント導入も「おもしろいのではないか」と話した。

 一方、川本氏は人と文化、経済が行き交う新街道都市をまちづくりのキャッチフレーズとして挙げた。政策の重点は「子育ての安心を保障」と「教育の質の向上」。モデルとしては海士町。喫緊の政策実現のため「短期的には基金を活用。中期的には地元企業の活性化と行財政改革でコストを削る」。市内で「人の流れ」を引き起こしているのは観光、そのシンボルは厳島神社である。この流れを西の宮浜温泉と結ぶことによって、観光客の流れに変化を生み出すことをもくろんでいる。また「食と体験の観光」推進を熱く語った。宮島は、似た観光地として伊勢神宮を擁する伊勢市と比べ、食品の売り上げで大きな違いがある。「廿日市市の82億円に対し伊勢市は199億円。これは2,000人の雇用量にあたる。廿日市市における食の観光の開発余地は大きい」と。「入島税」については難色。コンパクトシティに対しネットワークの大事さを指摘し、エリアマネージメントについては成功例がないのではと疑問を呈した。

投票率は下がり新市長の絶対得票率は23%

 市政の継続、まちの集積、開発で企業誘致 VS 市政の刷新、まちの分散・ネットワーク化、福祉や子育て重視と地場産業の活性化、の激戦となった。結果は、松本氏の21,896票、川本氏の20,990票、906票差で松本氏が接戦を制し初当選を果たした。新市長の相対得票率(投票数中の獲得票)は50.65%。

 今回の市長選、残された課題も大きい。投票率が44.66%、半数割れで前回をも

下回った。このことを反映して新市長の絶対得票率(有権者中の獲得票)は22.62%。4人が立ち票割れのなかで選出された前市長の16.34%こそ上回ったものの、その低さは一向に改善されていない(図参照)。

 市は選挙に先立ち標語を募集。最優秀賞は「その一票 みんなで決める 市のリーダー」。しかし、投票に行かなかった人は53,573人、前回よりも4,974人も増えた。「投票に行った」、「行ってない。どうせ変わらないでしょう!」の状況は続いている。根拠があるわけではないが投票率50%、絶対得票率30%は最低限クリアして欲しいラインである。

 新市長は、公約や公開討論会での説明で、「おもしろい」をよく使う。「おもしろい」は「面(おも)白し」で、目の前がぱっと明るくなるのが元の意味とも言われる。市政を白日の下にさらし、スベラないオチ(よい結果)を期待したい。


18:15

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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