日誌


2019/10/19

POLITICAL ECONOMY第152号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
バブル崩壊リスクを無視する日銀

                                    経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

  製造業を中心に業績悪化が目立つ中で日経平均は高値を追い、1年3ヵ月ぶりの2万3000円台をつけた。何となく日本経済はうまく回っているかのような気分を醸し出しているかのようだが、他方で大きなリスクに直面しつつあるのではないか、という警告が出ている。

米国のバブル崩壊懸念

  筆者が注目したのは、日興リサーチセンター理事長山口廣秀氏と同センター顧問で立正大学長吉川洋氏が、8月30日に公表した「金融リスクと日本経済」という報告書である。同報告書の概要は「週刊ダイヤモンド」9月21号に「高まる米国の金融リスク 日本経済激震の要因に」と題する寄稿として掲載されている。

  同報告書は、「19年終わりから20年にかけて、米国などでバブルがはじける可能性はある」と予測している。特に米国では債務拡大を中心とした金融リスクが増大していると指摘、世界金融危機(リーマン・ショック)との類似点として、①金融緩和的な状況が続いている、②株価、住宅価格、商業用不動産などが高水準、③企業や金融機関はリスクに対する姿勢が積極的-の3点を上げている。特に③に関連して信用度の低い企業の債務が増加していることに着目している。「米国の金融システムに黄信号が灯った」という評価だ。

 米国発の国際金融市場に混乱が生じた場合の日本経済への影響だが、①日本の輸出が減少する、②日本の金融システムが動揺する、③金融と実体経済の負の相乗効果が発生の三つのルートを上げ、国内金融機関が体力的にも運用面でも、国際金融市場からの負のショックに対して脆弱になっているという。しかもリーマン・ショック時とは異なり「金融市場を直接動揺させ、その負の影響は金融危機時を上回る恐れがある」とし、日銀の「追加緩和」の動きに対し、厳しい姿勢を見せるとともに「緩和自体が金融機関の体力や収益構造をさらに脆弱化し、危機に対応する力を弱める結果となる」と警告している。

 さて、バブルは米国だけではない。日本も似たようなものだ。ただし「バブルでなおかつ景気がよい」のではなくて、「バブルだけれど景気が悪い」のである。景気の悪さをバブルで補っているとでも言えなくもない。実体経済が落ち込みながら、株が上がり不動産が高止まりしているからである。理由は超低金利でマネーが溢れているからだ。異次元緩和でだらだらと国債を買い続けてきたためである。

 日銀の現在のスタンスは、表向き「10 年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れをその保有残高の増加額年間約80 兆円をめどとしつつ行う」というものだが、実際には9月末時点で保有残高は年間22兆円増にとどまっている。それも約80兆円台を維持した2016年をピークに減少の一途なのだ(図表参照)。

 現在の10 年物国債金利は-0.080%(11月15日)である。超低金利を維持しながら買い入れる国債を減らしているのである。まさに出口戦略のテパーリング(縮小)である。量的緩和を続けているように振る舞いながら実際には縮小しているのである。このようなややこしいことをするのは、政策委員会の中にいるリフレ派に対する配慮だけでなく、「金融引き締め」に転換したと見られ円高に振れることを警戒してのことだろう。

 ところで異次元緩和のリスクは、よく言われるように出口戦略で国債を売り出し始めた時などに物価や金利が上昇する可能性が高まることである。実経済が改善されないところで物価や金利が上昇すれば経済はたちどころに行き詰まってしまう。

 もうひとつリスクがある。超低金利をいつまでも継続するとバブル経済になり、いずれ崩壊というリスクもある。日本では異次元緩和以降、不動産価格が都市部を中心に上昇、東京都心などではすでにバブル期を超える地点も出てきている。株式市場も行き場を失ったマネーの流入が指摘されている。ただ米国の現状は、日本の比ではない。山口、吉川論文はこの点を強調しているのである。

論評すら避ける日銀

  では日銀は国際的な金融リスクについてどのように見ているのだろうか。10月30日と31日に開かれた金融政策決定会合で、これまでの金融緩和策を維持することを決めたが、「マイナス金利の深掘りは必要であれば行う」と発言、追加緩和の可能性を強く印象づけた。

  今回の金融政策決定会合後に発表された「経済・物価情勢の展望」には、米国の金融システムについても世界の金融市場に対するリスクの記述はない。マイナス金利で疲弊する金融機関の体力強化に関する指摘もない。海外経済については「下振れ」あるいは「減速」リスクという言葉だけである。

 なぜ、論評すら避けるのだろうか。それはおそらく超低金利が作り出す居心地の良さ故ではないだろうか。いわゆる低金利、低インフレ、低成長の「3低経済」である。「ぬるま湯経済」とも言われるが、ぬるま湯の温泉に浸かっていると出たくなくなる。しかし、いつまでも続くわけがないのである。


09:51

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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