日本の実質生活上の賃金は
米国より2、3割、ドイツより2割低い
経済アナリスト 柏木 勉
アベノミクスでは、日本経済の復活のためには賃金の引き上げが必要だとして、政府は経済界への要請を行ってきた。来春闘に向けてもそのスタンスは変わっておらず、ようやく物価が上昇しつつある中で、デフレ脱却を確実にすべく賃金引き上げの必要性を強調している。またそのために政労使会議設置の意向まで示された。賃金引き上げを政府自ら説いてまわるのは誠に結構なことではある。
しかし、政府のリードのもとで賃金を引き上げてもらうのでは、労組の面目が立たないだろう。であるから本年の春闘にあたっては、連合も賃金引き上げは自らの力で行う旨を表明した。だが、そのような経緯はともかく、いずれにしても労組としてはこれまでの賃金抑制、総額人件費引き下げをはねかえす好機がきたことに違いはない。
消費購買力平価での賃金・人件費比較が重要
そこで筆者が指摘したいのは、賃金・人件費の国際比較だ。日本の名目賃金は長期にわたり引き下げられてきたが、それでも経営サイドは十年一日のごとく、円高の進行のたびに国際競争力上日本の賃金はまだ高いと云い続けてきた。しかし働く者の側に立てば、日本の労働者が得ている賃金・人件費が実際に生活していく上で高いのか低いのかが問題となる。それは当然のことだ。その観点から国際比較を行えば先進国と比べればきわめて低いのが実態なのだ。
経営サイドからすれば企業経営上問題になるのは名目の市場為替レートだ。だが、働く側からすればそうではない。自分たちが得る賃金・人件費でどれだけの消費財やサービスを入手できるのかが問題となる。つまり単なる名目上のものでなく、実質生活上の賃金・人件費が問題である。これが先進国と比較して劣っているならば納得できるものではない。この比較を行う上で必要な換算レートが消費購買力平価である。
消費購買力平価とは、単純に言うと、例えば米国においてひと月の給与で購買できる消費財・サービスの価格が3000ドルであり、日本では30万円であるとすれば
消費購買力平価は、3000ドル=30万円で、1ドル=100円となる。
(実際の計算では、ある一定時点の消費購買力平価に、相手国との消費者物価上昇率の相対価格指数をかけるのが一般的である)
実質的には米国の60%、ドイツの80%程度しかない
そこで、消費購買力平価で換算した日米比較を行うと、2012年平均では
・米国民間全体の時間当たり賃金は19.77ドル (大統領経済諮問委員会報告より)
・日本の現金給与総額の時間当たり賃金は2135円(毎勤統計より)
・消費購買力平価は1ドル=128.8円 (国際通貨研究所より)
以上から日本の賃金は米国の83.8%となる。
なお、以上とは別に米労働省・雇用統計のデータにより、例えば昨年10月を比較すると
・米国の時間当たり賃金は23.58ドル、日本は1805円
・消費購買力平価は1ドル=127.6円で、日本は米国の60%の水準でしかない。
また金属労協/JCMの2013年闘争資料でも、2011年の各国人件費の国際比較を消費購買力平価換算で行っている。ここでは消費購買力平価はOECDによる1ドル=117.2円をとっているが、これによれば日本の人件費は米国の67%、ドイツの80%であり、フランスには届かないが、ほぼ同じという水準にとどまっている。ただこの国際比較は、資料全体の最後のほうに、おずおずと付け足しのように出しているだけで、日本の低水準を強調するものになっていない。
相次ぐ経営側からのリストラ攻撃、賃金体系維持が精いっぱいという要求からすれば、それどころではなく、申し訳程度に掲げただけといったところだろう。
来春闘においては政府のデフレ脱却の掛け声に乗ってでも、名を借りてでもよい。とにかく、惨々たる状態に落とし込められた労働条件改善に向けて、実質の生活上の国際比較を行い反転攻勢をはかることが必要不可欠である。