日誌


2019/12/22

POLITICAL ECONOMY第157号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
根強い現金志向
             NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年

 「この4、5年、北京や深圳はもちろん、田舎町に行っても中国で日本人が経験するのは、店や飲食店で百元札など現金を出した時会計係の不満気な表情だ。特に『一角』など細かな硬貨がかかわると『小銭がない』からといって多めにお釣りをくれたり、レジ横のガムを釣り銭代わりに寄越すこともある」。会員情報誌『選択』1月号が「デジタル人民元の脅威」と題する論考を掲載、アリペイ、ウィーチャットペイといったスマホ決済手段の浸透で、中国では紙幣も硬貨もない完全なキャッシュレス社会が進行していることを伝えている。

 日本でもここ数年、スイカ、パスモ、楽天ペイ、ファミペイなど新たな決済サービスが登場し、従来のカード決済なども加えて、「キャッシュレス社会の到来」を予測する論潮がメディアに溢れている。政府も消費増税に合わせて、カード決済を対象にポイント還元策を打ち出し、キャッシュレス化を後押し、経産省は「2025年までにキャッシュレス決済比率を40%に高める」との目標を掲げる。

 日本社会でも紙幣や硬貨による決済が姿を消し、スマホ決済を中心としたキャッシュレス社会が主流になるとのイメージだが、あと5年で日本社会のキャッシュレス比率を4割に高めるなどという目標に現実味があるのだろうか。筆者の周辺を見渡しても、飲み屋の支払いやスーパーのカウンターで相変わらず現金決済する客が相当数おり、中国のように店員から不満気な表情を浴びた経験もない。

キャッシュレスの中で増える現金通貨
 
 日本のキャッシュレス決済の現状を見ると、「内訳はクレジットカード30%、交通系・流通系のプリペイド式電子マネー5%程度、スマートフォン決済の○○ペイといったフィンテック決済サービスは1%未満」(雨宮正佳日銀副総裁)だという。一方で、現金通貨の流通動向で見ると、2018年の現金流通枚数は1円硬貨や5円硬貨は前年比マイナスと緩やかに減少しているが、百円硬貨は0%台後半と名目GDP成長率とほぼ同程度のテンポで増加を続け、五百円硬貨や千円札は前年比2%を上回るテンポで流通枚数が増えている。一万円札や五千円札の高額紙幣は前年比3、4%とさらに高い伸びとなっており、家庭や企業に出回る現金流通高は18年までの5年間で22%増の115兆円に達する。

 「こうした事実を踏まえると、釣銭が嵩張る少額決済において、キャッシュレス化が進んでいる側面が窺われますが、全体としては現金決済がなお多く使われ続けている」(雨宮副総裁)というのが、専門家の見立てだ。

 日本経済新聞のコラム「やさしい経済学」(2020年1月7日)によると、「世界でキャッシュレス化が進んでいますが、多くの国では現金発行が毎年増えており、実は現金離れが進んでいない」(白井さゆり慶大教授)という。その理由は、「私たちは決済のためだけに現金を求めているのではなく、『資産』として保有しておきたいから」。白井教授の解説では、①預金金利が下がるほど現金との違いがなくなり、現金需要が増える。②金融システム不安が高まると、預金を引き出して現金保有を志向する人が増える。③資産課税や税務調査が強化されると現金保有が増える。

 先進国の中でも日本は根強い現金保有意識が社会に広く行き渡っているようだが、08年の世界金融危機以降、多くの先進国で現金発行が急増しているという。その共通の要因は主要国中央銀行の金融緩和で、金利が大きく下押しされたことが挙げられる。しかも定年退職すると、クレジットカードの利用をやめる人も多く、高齢化が進む国ほど現金需要が高くなる傾向にあるという。

 便利さや効率化、コスト削減効果などから中央銀行のデジタル通貨発行論議が始まっているが、企業間取引や銀行・証券会社間取引といった限られた分野での普及はともかく、5年先、10年先に日本社会から紙の紙幣、硬貨が消え、デジタル通貨で覆い尽くされる姿を想像できないのは筆者だけだろうか。
 



13:19

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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