日誌


2024/10/28

POLITICAL ECONOMY第274号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
熊本における公共交通事情
生き残りかけ県内5バス事業者による共同経営
                        元東海大学教授 小野 豊和

 人口減少、超高齢社会における公共交通の在り方が問われている。人口減少は利用者数の減少、路線網の維持困難などが予想され、事業者側としても運転手の確保困難、収益減による赤字経営が現実に起こっている。熊本県下には5つのバス事業者があり、同一地域を運行する競合関係にあり、料金等について話し合うことはカルテルを疑われることにもなり兼ねない。新型コロナウイルスの感染拡大でバス利用者の減少による経営悪化、一旦契約解除した運転手の確保、働き方改革による労働環境・労働条件の急激な変化など、苦しい経営のなか共倒れになり兼ねない状況下、地域に無くてはならない公共交通の生き残りをかけた共同経営を模索してきた。

 2019年3月に熊本県内バス事業者5社、熊本県、熊本市からなる「熊本におけるバス交通のあり方検討会」を設置し、県内全域のバス路線を対象に、あるべきバス路線網や利便性向上のためのバスサービス、それを実現するためのバス事業の在り方を検討することになった。2019年度の5社合計の収支は、費用が年約90億円に対して収入は60億円弱で、差額の約30億円は自治体の補助金で補っている。運転士の減少(2020年922人、2021年897人、2022年847人、2023年799人)も続いている。「共同経営推進室」(後述)としては競合路線の効率化で、24年度までの3年間で約9000万円の赤字が削減できると試算。さらに21年度以降、5社共通定期券の導入や「バスの日」を設けて県内全路線を1区間100円で乗れる実験の実施。熊本市内の中心部で路線が競合する熊本市電との連携にも取り組もうとしている。

独占禁止法特例法を活用

 政府としても、人口減少等により乗合バス事業者及び地域銀行が持続的にサービスを提供することが困難な状況にある一方で、当該サービスが国民の生活及び経済活動の基盤となるものであって、他の事業者による代替が困難な状況にあることに鑑み、経営力強化のための選択肢の一つとして同業者間での経営統合や共同経営について政府の未来投資会議での議論で、独占禁止法の適用を除外する特例法を設ける旨が盛り込まれ、2020年11月27日「地域における一般乗合旅客自動車運送事業及び銀行業に係る基盤的なサービスの提供の維持を図るための私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特例に関する法律(令和2年法律第32号)」(独占禁止法特例法)が施行された。

 独占禁止法の特例法の朗報を受け、熊本県内の5つのバス事業者による共同経営が2021年4月に始まった。熊本の共同経営は九州産交バスと産交バス、熊本電気鉄道、熊本バス、熊本都市バスの5社で実施。特例法の施行を見据えて2020年4月に共同経営準備室(21年に「共同経営推進室」に移行)を設置。2021年3月19日に国土交通省から認可を受けた。国が路線バスの共同経営を認めた背景には、地方の顕著な人口減少やコロナで公共交通の維持が困難な状況になっていたからだ。

 共同運営に関しては、熊本都市バス(株)に共同運営推進室を設け、熊本都市バス社長の高田晋が室長となり、バス事業者5社と熊本県、熊本市から1名ずつ職員を派遣し、毎週会議を重ね、月に一度、県と市の交通政策課や市交通局の参加を得た社長会・部長級会議を経て、熊本市長、県の担当部長会に報告し政策に反映させてきた。目指す方向としては、1.重複区間等の最適化(バス同士の鉄道軌道との重複区間等で需給バランスの最適化)、2.新規路線の拡充(利用しやすい新規路線やニーズに合った増便)、3.コミュニティ交通等と連携したネットワーク維持、4.バスレーンを伴う階層化、5.利用促進策の拡充(共通定期券、乗継割引の拡充、均一料金などの検討)、6.経営資源の最適化(5社の垣根にとらわれず常に運転手や車両の最適配置を検討)である。

 共同経営の目標としては、1.収益性・効率性の向上、2.サービス提供維持の確保を目指し、2021年4月から2024年3月末の3年間取り組んできた。具体的な成果としては、2022年4月1日から熊本県下全域を対象にICカードによる共通定期を実施。IC定期券の区間内は、どの会社の路線バス(電鉄電車も含む)でも利用可能にし。定期券の輸送人員が2021年度比118%に増加した。台湾のTSMCの工場稼働に向け、2023年1月27日(金)に「セミコンテクノパークノーマイカーデー」を実施し、セミコン既存バス路線(豊肥線原水駅発)とは別に5つのルートに無料通勤バスを試験的に運行した。地域の渋滞緩和策、JR豊肥線の新駅のニーズ把握の参考になった。他には、高校に出向き、高校入学説明会で共通定期の利便性を説明した。

 2023年4月には、熊本地域公共交通の再構築(リデザイン)検討会を設置し、交通渋滞が著しく顕在化している熊本地域に対し、さらなる連携による公共交通のあり方を検討。バス事業の方向性としては1.不採算路線の廃止、2.運賃値上により受益者負担増となるがサービスは維持を検討した。

バス5事業者が全国交通系ICカード廃止の勇断

 熊本県内で路線バスや鉄道を運行する5つの事業者が、運賃の決済手段として新たにクレジットカードなどのタッチ決済を導入する一方で、全国交通系ICカードを2024年10月16日から廃止した。全国交通系ICカードに対応する機器の更新時期が迫り、更新にかかるコストが大きいことなどから廃止を決めた。「共同経営推進室」によると、路線バスと電車の利用者のうち「くまモンのICカード」は51%、全国交通系ICカードは23%を占めていたという。全国交通系ICカード利用者からは「不便になる」などの声が聞かれたが、5社でつくる「共同経営推進室」によると、路線バスや電車に関わる事業の1年間の経常収支は、5社であわせて39億円余の赤字で全国交通系ICカードシステムを継続した場合、5社全体(約900台)でかかる更新費用は約12億千万円。

 この費用は8年前のシステム導入時の1.5倍。一方、クレジットカードなどのタッチ決済に対応する機器を新たに導入した場合の費用は半分程度の6億千万円余に抑えられる。国の補助対象となるのは新規事業に限られ継続事業は対象とならないためで、全国交通系ICカードによる決済の廃止を決めた。全国から来る観光客にとっては不便となるが、背に腹は代えられないお家事情から今後も「共同経営推進室」において、自治体の支援を受けながら県民・市民に期待される公共交通の使命を果たそうとしている。


08:20

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告