熊本における公共交通事情
生き残りかけ県内5バス事業者による共同経営
元東海大学教授 小野 豊和
人口減少、超高齢社会における公共交通の在り方が問われている。人口減少は利用者数の減少、路線網の維持困難などが予想され、事業者側としても運転手の確保困難、収益減による赤字経営が現実に起こっている。熊本県下には5つのバス事業者があり、同一地域を運行する競合関係にあり、料金等について話し合うことはカルテルを疑われることにもなり兼ねない。新型コロナウイルスの感染拡大でバス利用者の減少による経営悪化、一旦契約解除した運転手の確保、働き方改革による労働環境・労働条件の急激な変化など、苦しい経営のなか共倒れになり兼ねない状況下、地域に無くてはならない公共交通の生き残りをかけた共同経営を模索してきた。
2019年3月に熊本県内バス事業者5社、熊本県、熊本市からなる「熊本におけるバス交通のあり方検討会」を設置し、県内全域のバス路線を対象に、あるべきバス路線網や利便性向上のためのバスサービス、それを実現するためのバス事業の在り方を検討することになった。2019年度の5社合計の収支は、費用が年約90億円に対して収入は60億円弱で、差額の約30億円は自治体の補助金で補っている。運転士の減少(2020年922人、2021年897人、2022年847人、2023年799人)も続いている。「共同経営推進室」(後述)としては競合路線の効率化で、24年度までの3年間で約9000万円の赤字が削減できると試算。さらに21年度以降、5社共通定期券の導入や「バスの日」を設けて県内全路線を1区間100円で乗れる実験の実施。熊本市内の中心部で路線が競合する熊本市電との連携にも取り組もうとしている。
独占禁止法特例法を活用
政府としても、人口減少等により乗合バス事業者及び地域銀行が持続的にサービスを提供することが困難な状況にある一方で、当該サービスが国民の生活及び経済活動の基盤となるものであって、他の事業者による代替が困難な状況にあることに鑑み、経営力強化のための選択肢の一つとして同業者間での経営統合や共同経営について政府の未来投資会議での議論で、独占禁止法の適用を除外する特例法を設ける旨が盛り込まれ、2020年11月27日「地域における一般乗合旅客自動車運送事業及び銀行業に係る基盤的なサービスの提供の維持を図るための私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特例に関する法律(令和2年法律第32号)」(独占禁止法特例法)が施行された。
独占禁止法の特例法の朗報を受け、熊本県内の5つのバス事業者による共同経営が2021年4月に始まった。熊本の共同経営は九州産交バスと産交バス、熊本電気鉄道、熊本バス、熊本都市バスの5社で実施。特例法の施行を見据えて2020年4月に共同経営準備室(21年に「共同経営推進室」に移行)を設置。2021年3月19日に国土交通省から認可を受けた。国が路線バスの共同経営を認めた背景には、地方の顕著な人口減少やコロナで公共交通の維持が困難な状況になっていたからだ。
共同運営に関しては、熊本都市バス(株)に共同運営推進室を設け、熊本都市バス社長の高田晋が室長となり、バス事業者5社と熊本県、熊本市から1名ずつ職員を派遣し、毎週会議を重ね、月に一度、県と市の交通政策課や市交通局の参加を得た社長会・部長級会議を経て、熊本市長、県の担当部長会に報告し政策に反映させてきた。目指す方向としては、1.重複区間等の最適化(バス同士の鉄道軌道との重複区間等で需給バランスの最適化)、2.新規路線の拡充(利用しやすい新規路線やニーズに合った増便)、3.コミュニティ交通等と連携したネットワーク維持、4.バスレーンを伴う階層化、5.利用促進策の拡充(共通定期券、乗継割引の拡充、均一料金などの検討)、6.経営資源の最適化(5社の垣根にとらわれず常に運転手や車両の最適配置を検討)である。
共同経営の目標としては、1.収益性・効率性の向上、2.サービス提供維持の確保を目指し、2021年4月から2024年3月末の3年間取り組んできた。具体的な成果としては、2022年4月1日から熊本県下全域を対象にICカードによる共通定期を実施。IC定期券の区間内は、どの会社の路線バス(電鉄電車も含む)でも利用可能にし。定期券の輸送人員が2021年度比118%に増加した。台湾のTSMCの工場稼働に向け、2023年1月27日(金)に「セミコンテクノパークノーマイカーデー」を実施し、セミコン既存バス路線(豊肥線原水駅発)とは別に5つのルートに無料通勤バスを試験的に運行した。地域の渋滞緩和策、JR豊肥線の新駅のニーズ把握の参考になった。他には、高校に出向き、高校入学説明会で共通定期の利便性を説明した。
2023年4月には、熊本地域公共交通の再構築(リデザイン)検討会を設置し、交通渋滞が著しく顕在化している熊本地域に対し、さらなる連携による公共交通のあり方を検討。バス事業の方向性としては1.不採算路線の廃止、2.運賃値上により受益者負担増となるがサービスは維持を検討した。
バス5事業者が全国交通系ICカード廃止の勇断
熊本県内で路線バスや鉄
道を運行する5つの事業者が、運賃の決済手段として新たにクレジットカードなどのタッチ決済を導入する一方で、全国交通系ICカードを2024年10月16日から廃止した。全国交通系ICカードに対応する機器の更新時期が迫り、更新にかかるコストが大きいことなどから廃止を決めた。「共同経営推進室」によると、路線バスと電車の利用者のうち「くまモンのICカード」は51%、全国交通系ICカードは23%を占めていたという。全国交通系ICカード利用者からは「不便になる」などの声が聞かれたが、5社でつくる「共同経営推進室」によると、路線バスや電車に関わる事業の1年間の経常収支は、5社であわせて39億円余の赤字で全国交通系ICカードシステムを継続した場合、5社全体(約900台)でかかる更新費用は約12億千万円。
この費用は8年前のシステム導入時の1.5倍。一方、クレジットカードなどのタッチ決済に対応する機器を新たに導入した場合の費用は半分程度の6億千万円余に抑えられる。国の補助対象となるのは新規事業に限られ継続事業は対象とならないためで、全国交通系ICカードによる決済の廃止を決めた。全国から来る観光客にとっては不便となるが、背に腹は代えられないお家事情から今後も「共同経営推進室」において、自治体の支援を受けながら県民・市民に期待される公共交通の使命を果たそうとしている。