日誌


2024/11/13

POLITICAL ECONOMY第275号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
どこかおかしい高圧経済論
             経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 「103万円の壁」が話題になっている。国民民主党が「手取りを増やす」を掲げて衆議院選を戦い、若者の票を増やし議席の大幅増を勝ち取り、過半数割れした与党政権と交渉、「103万円の壁」突破の実現が近い。その国民民主党は「高圧経済」という経済政策を掲げている。財政出動で一気に需要を作り出しインフレと人手不足状態(「完全雇用」)にすることで経済成長させようというのが高圧経済政策。しかし、インフレと人手不足が続く現状で有効とは思えないのだが。

 高圧経済論は、より積極的で持続的な財政政策と金融緩和政策を組み合わせ、意図的に需要を押し上げ完全雇用に近い状態を目指し経済成長を図ろうという考え方だ。米財務長官であるジャネット・イエレンが、FRB(連邦準備制度理事会)の議長を務めていた2016年に唱えたことで知られる。

 単に景気刺激を目的とするのではなく、完全雇用を目指し経済全体の需要を強力に引き上げ労働市場を逼迫させることを重視している。高圧経済論者である明治大学教授の飯田泰之氏によれば「高圧経済論が妥当する状況、つまり総需要が過大である状況」に到達するまでは財政政策・金融政策は緩和的に行われるべき」(「財政・金融政策の転換点-日本経済の再生プラン」 (中公新書)と述べている。

 さて国民民主党は、高圧経済論に基づく経済政策を打ち出しているのだが、同党の総選挙の公約の中では「名目賃金上昇率が一定水準(物価上昇率+2%=当面の間4%)に達するまで、積極財政等と金融緩和による『高圧経済』によって為替、物価を適切に安定させ、経済低迷の原因である賃金デフレから脱却します」と主張している。

インフレにして完全雇用というが

 高圧経済論は本当に有効なのだろうか。筆者は少なくとも現在のような経済環境では有効ではないと考えている。

 まず目指すという「完全雇用」だが、10月の失業率は2.5%である。すでに「完全雇用」といえる水準だ。人手不足が続き失業率はさらに下がる可能性もある。こうした時に「労働市場を逼迫」を目指すのは論理的に合わない。

 ふたつ目は、インフレをどう見るかという点である。高圧経済論ではやり過ぎると物価が急騰するという負の側面があることを認めている。行き過ぎたインフレにならない程度に需要を喚起しようという政策である。日本はすでにインフレ下にある。10月の生鮮食品を除く物価の上昇率は前年同月比2.3%。38カ月連続で2%を超えている。このような時に高圧経済による経済政策をとると、単にインフレだけが促進されるということになりかねない。インフレで最も影響を受けるのは低所得者層だ。

 このことは、21年の発足当初のバイデン政権が高圧経済(イエレンによる「高圧経済ver2」と言われた)による経済政策がインフレ高騰をもたらし、低所得者層や中間層の生活に打撃を与えたことを見れば分かるだろう。さすがに玉木氏も(日本は米国に比べ物価上昇が抑えられており、)「高圧経済を推し進める余地がまだ残っている」(「ロイター通信」(11月5日付け)とトーンを変えている。

 現在の日本のインフレの最も大きな要因は円安である。円安は日米金利差もあるが日本経済の実力低下が大きな要因となっている。円安を是正すれば確実に物価上昇率は下がる。

 ところが、玉木氏は同じロイターのインタビューで、金融政策は「日銀はもう少し政策変更せず(中小企業の賃上げなどの状況を)見定める必要がある」と、述べている。今は利上げをするなと言っているのである。

 日銀が金融正常化に向けて政策金利を上げようとしているのは、インフレが続き長期金利が上昇し1%超となっていることに対応するためだが、米国との金利差縮小(円安是正)というねらいもある。円安を是正させ物価を安定させれば実質賃金はプラスとなり、個人消費も上向く可能性が高い。玉木氏はこうした点については目をつぶり、高圧経済論に基づき日銀に金利引き上げをするなと言っているのである。

 玉木氏が利上げに慎重な姿勢を見せている理由は、利上げが進むことで政府の利払い負担が増え、財政状況がさらに厳しくなることを懸念しているためである。また、高圧経済論はMMT(現代金融理論)と親和性が高く、国債を増発しても日銀が引き受ければ問題ないとする考え方である。国民民主党も「増税反対」や「減税実施」を主張している。「103万円の壁」を引き上げるための財源は国債の増発しか選択肢がないため、金利をできるだけ低く抑えたいと考えているのだろう。

高圧経済論では「分厚い中間層の復活」はできない

 日本経済を再生させるためにはGDPの6割を占める個人消費を活性化することが重要だ。消費が活性化すれば設備投資も増加する。そのためにはもちろん賃金の引き上げは欠かせない。この点に異論はないだろう。

 しかし、それだけでは消費は活性化しない。医療・介護、教育サービスの負担減も欠かせない。将来不安を抱えていては財布のヒモは緩まないからだ。また低所得者層の底上げも必要となる。ここまでやらないと「分厚い中間層の復活」はない。問題はのためには財源の確保が求められることだ。富裕層、高所得者層に対する金融所得課税、法人税の引き上げなどを考えるべきだろう。これらは財源確保のためだけではなく、格差是正につながる点も重視すべきだろう。                 


09:31

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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