ポスト黒田は本当に黒田なのか?
NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年
黒田東彦日銀総裁の任期は2018年4月8日で終わる。金融政策を変更するか、継続するかを含め、市場との対話を進め、スムーズなバトンタッチを考えると、通常は任期切れの3か月ほど前に後継候補が内定していることが望ましい。そうなると今年末から来年初めにかけて、次期日銀総裁の人選が大きな山場を迎えることになる。次期総裁は誰になるのか、残り任期1年を切った今年3、4月頃から日経をはじめ、経済誌やエコノミスト、金融専門家の間で観測情報が飛び交いはじめ、今夏以降、一段と熱を帯びてきた。
7月はじめ、ビジネス出版社プレジデントが運営する総合情報サイト「PRESIDENT Online」に「日銀次期総裁『大本命』5人の名前と思想」(三井住友アセットマネジメントシニアエコノミスト渡邊誠)と題するリポートが公表され、話題を呼んだ。通常、競馬、競輪で「大本命」印は一つと相場が決まっているが、大本命が5人に上るのは、それだけ大混戦ということだろう。
同リポートでは各種報道で次期総裁に以下の人物名が挙がっていると指摘。
・財務省出身……森信親金融庁長官、丹呉泰健元財務次官、勝栄二郎元財務次官、本田悦朗駐スイス大使
・日本銀行出身……中曽宏日銀副総裁、雨宮正佳日銀理事、山口廣秀前日銀副総裁
・学者・エコノミスト……伊藤隆敏コロンビア大学教授、岩田一政元日銀副総裁
その上で、「この中で本命に近い候補は森、本田、中曽、雨宮、伊藤の5氏に絞られるというのが大方の見方である」と結論づけている。このリポートの最大のポイントは黒田総裁の再任を否定している点だ。
6月にブルームバーグがエコノミスト43人を対象に行った調査では回答した30人のうち、黒田総裁の名前を挙げたのが20人と最も多く、3月の「QUICK月次調査<外為>」では「中曽宏日銀副総裁」が33%、次いで「黒田東彦(再任)」28%、「雨宮正佳日銀理事」16%、森信親金融庁長官6%、本田悦朗駐スイス大使4%、伊藤隆敏コロンビア大学教授1%だった。みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストの調査では「黒田再任の可能性が現時点で6割以上」と予想、JPモルガン証券の鵜飼博史チーフエコノミストも黒田総裁を候補の筆頭に挙げている。
リフレ派は黒田再任論
後継人事を占うポイントの第一は黒田総裁の続投(再任)があるかどうかだ。アベノミクスの号砲と共に登場した黒田日銀は「2年間で消費者物価上昇率を2%に引き上げ、デフレ経済から脱却する」ことを就任時の公約に掲げ、円安誘導、異次元金融緩和、黒田バズーカ、サプライズなどの新手口を繰り出した。任期後半はマイナス金利、長期国債・上場投資信託(ETF)の資産購入などによってインフレ期待の高まりを狙ったが、目標とした物価上昇率は0.4%(7月)と低迷、7月の金融政策決定会合で2%に達する時期を「19年度ごろ」とし、6度目の目標先送りが確定した。
続投論は黒田異次元緩和をどう評価するかに関わってくる。緩和路線を踏襲すべきと考えるエコノミスト(リフレ派)の多くは黒田再任論を支持するが、「今や追加緩和を求める圧力は政界や市場になく、国債を買いすぎて市場がゆがんでいることなどの副作用を心配する声が強まっている」と見る人達は「黒田再任なし」を唱える。異例の金融緩和から抜け出す「出口戦略」への取り組みが求められており、人心を一新すべきという主張だ。
日銀総裁人事は国会承認案件だが、自公与党が圧倒的多数を握る現状では安倍首相の判断が大きい。では判断のポイントはどの辺にあるのか。その際、過去の人事慣行はどの程度考慮にされるのか。戦後に総裁を10年務めた例はなく、現在72歳の黒田総裁が再任されれば任期満了時は78歳となり、在任期間が3,650日を超え、歴代最長となる。過去に、総裁職は日銀、財務省出身者が交互に担う「たすきがけ人事」の慣行があり、次期総裁は日銀プロパーからとの見方がある。
黒田交代に向けた外堀は埋められた?!
渡邊誠・三井住友アセットマネジメントシニアエコノミストのリポートが黒田再任に否定的なのには理由がある。東亜燃料工業(現東燃ゼネラル石油)元社長の中原伸之元日本銀行審議委員が6月の経済情報誌のインタビューで「(次の5年間には)必ず異次元緩和の出口の話が出てくるので、その用意ができる人でないといけない」、「来年は新しい総裁を迎えた方がよい」、「(黒田さんは)お辞めいただいた方がよい」と語ったことを取り上げている。単に元日銀審議委員というだけでなく、同氏が安倍首相の父・故晋太郎氏の代からの後援者で、現在も首相の私的アドバイザーを務めているからだ。
日銀内部ではリフレ派に同調する現状維持派と量的緩和は壁にぶつかりつつあるとする修正派の対立が徐々に顕在化、本来の中央銀行に戻るべきとする日銀再建論の登場で「次期総裁は金融市場に精通する日銀出身者が望ましい」とする意見が勢いを増しているという。一方、国際金融の舞台では、金融緩和の縮小に踏み出した米連邦準備制度理事会(FRB)に続いて欧州中央銀行(ECB)も来年の緩和縮小にカジを切る見通しが伝えられており、日銀が路線転換(出口戦略)に踏み出すかどうかが大きな焦点となる。FRBのイエレン議長も来年2月に任期を迎え、「ミスター人民元」と呼ばれた中国人民銀行の周小川総裁も近く退任すると報道された。主役交代の外堀は埋まりつつあ
るように見える。