日誌


2023/05/11

POLITICAL ECONOMY第239号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
タコが足食う自社株買い
経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 連日、日経平均株価は高値を更新し6月14日には3万3502円となった。株価急騰の一因となっているのが上場企業による自社株買いだ。毎年4-6月には決算と合わせて公表する企業が増えるが、今年は5月の自社株買いを設定した企業は3.2兆円と過去最高を更新した。自社株買いをすると発行総株式数が減るので株価は上がる傾向がある。自社の株価を報酬に反映するストックオプションを導入している企業であれば、役員や幹部社員は「ぬれ手で粟」で収入増となる。そもそも企業は収益が出れば、それを使って次の事業に向けて設備投資や人材投資(賃上げや採用拡大)するのが筋ではないか。

目先の利益を追求する経営者

 事業を行う企業は多くの人から資金を集める。その手段が株式だ。集めた資金で事業を行い利益を出し株主に配当という形で還元する。多額の利益が出たからといって内部情報を利用して自社株買いをすれば、一般投資家の利益を害する恐れがある。また株価の引き上げなど相場操縦になりかねないとして商法で禁止されていた。

 ところが産業界の強い要請を受けて1994年から順次規制が緩和され、2001年の商法改正で配当可能利益の金額以内であれば自己株式の取得が認められた。06年に商法から会社法に変わり原則自由となった。

 この10年、自社株買いは急増し22年度は9.3兆円と13年度に比べ約5倍も増えている(図参照)。3月期決算発表時に自社株買いを発表した企業は、三菱商事、KDDI、日本郵政が3000億円、ホンダ、ソニーグループが2000億円などだ。中にはソフトバンクグループのように2期連続で巨額の赤字を出しながら1000億円の自社株買いを行うと発表した企業もある。

 自社株買いは、半年とか1年という期限を区切って取得する上限株数と取得額の上限を設定する。取得した株式は通常消却するが、「金庫株」として保有することもある。「金庫株」を後で売却し手元資金とすることも可能だ。

 今年になって増加したのは、3月末に東京証券取引所が出した通知だ。保有資産が多いが株価が低い企業が多いため「資本収益性や成長性といった観点で課題がある」と提起した。指標となったのはPBR(株価純資産倍率)だ。株価を1株当たり純資産(BPS)で割ることで得られる。1倍以上が求められている。それならと割り算の分母の方を減らせばよい(発行株式を減らせばBPSは下がる)とばかりに自社株買いが行われたのである。

 自社株買いは株主還元策の有力な手段となっている。株価が上昇するからだ。ニッセイ基礎研究所の調査では、19-22年度に自社株買いを発表した東証株価指数(TOPIX)構成銘柄は、発表後の株価上昇率がTOPIXを平均約2-3%上回った(「日経新聞」6月5日付け)。

 東証は事業を拡大して1倍以上を目指せと発破をかけたのだが、多くの企業の関心は目先の一時的な上昇にあったようだ。

経営者が私腹を肥やす可能性も

 問題はそれだけではない。企業幹部の収入増につながるからだ。経営者が報酬として新規発行した株を得る一方で、その会社が自社株買いを行うことがある。そうすると経営者は値上がり益を手にすることができる。特にストックオプションと結びつくとこの傾向が強まる。ストックオプションとは役員や従業員に、一定の価額で自社の株式を購入できる権利で、一般的には市場の相場よりも割安の株価に設定されている。株価が上がるように一生懸命仕事をして上がったところで権利行使して下さいというわけだ。モチベーションアップのためとされている。

 米証券取引委員会(SEC)が18年に行った調査によると、自社株買いの公表直後に会社関係者による自社株の売却が急増した事例が多かったという。中にはその企業が借金をしてまで自社株買いをするケースもあった。一時的に株価を高騰させ企業幹部が個人的に利益を得ている可能性があるというのだ。

 このためSECは5月に上場企業に対し自社株買いの額と理由、また前後に経営幹部が同社の株を売買したかなどの記録を日次ベースでまとめて四半期ごとに開示することを義務付けた。自社株買いで私腹を肥やした経営幹部がいるのか、いるとすればそれが誰であるかすぐにわかるようになるという(「日経新聞」5月24日付け「フィナンシャルタイムズ」記事)。また、バイデン米大統領は22年に成立したインフレ削減法で、自社株買いに新たに1%を課税する制度を導入した。さらに4倍にする方針を示している。

 日本では21年12月に岸田首相が「新しい資本主義」の一環で、自社株買いに対するガイドラインの設定に言及したことがある。自社株買いに対する規制と議論を呼んだが、その後、音沙汰なしだ。


13:51

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告