日誌


2023/04/30

POLITICAL ECONOMY第238号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ソフト化する自動車産業
             グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 アメリカの著名な投資家のウォーレン・バフェットが4月に来日し、その講演で日本株などへの投資を推奨したという。その影響がどの程度のものかは定かではないが、市場で日経平均が3万円を超え、株高・債券高に沸き、上海市場でも上場する日経平均連動の投資信託が高値を呼ぶなど、話題に事欠かないことは確かのようだ。

ホンダはソフト人材倍増、トヨタも9000人再数育

 ホンダは、インドのIT(情報技術)企業KPITテクノロジーズと連携して、車載ソフトウエア人材を2030年に協業先を含めて現在の2倍の1万人に引き上げると発表した。またトヨタ自動車も2025年までに9000人に及ぶ社員をリスキリニング(学び直し)して、ソフト人材への転換に力を入れる。電動化や自動運転が普及すると、車の競争力はハードよりもソフトが左石する。業態転換に近い変化を迫られるなか、各社は専門人材の確保を急いでいる。

 自動車産業では、1台に搭載する電子制御ユニット(ECU)は、これまで数十個だったのが、近々では400個になる見通しで、これに伴い車づくりの工程で大転換が起こりつつある。その中身は、一言で言えば車づくりのソフト化で、それにともなって、その作業工程もソフト人材への転身に振り向けられる。

 ホンダやトヨタだけではない。ドイツの自動車部品メーカーであるボッシュは世界で40万人の全社員に向けたソフト教育に取り組んでいる。自社の教育施設を整備し、ソフトウエアだけでなくデータ分析などに強い人材の育成に力を入れている。クルマの
電動化や自動運転など成長市場を開拓するための教育に注力する。

リスキリングでソフト人材を増やす
 
 ホンダは、自社開発したホンダの基本?フト(OS)を、25年に北米で発売予定の電気自動車(EV)に載せる計画を立てている。車の「走る」「止まる」「曲がる」といった基幹機能のソフト設計はホンダが担い、プログラミング作業や実効性の検証などの単純業務は社外との連携を図る。

 トヨタはソフト人材を増やすために、講座を受講したり、ブログラミングの作業や実効性を想定して、既存の製造や管理部門の社員には自動運転を担う領域に転換させる。

ソフト人材、2万1000人不足

 経済産業省は自動車業界の高度なソフト人材について、25年までに年2万1000人程度不足すると試算している。業界の垣根を越えて有能なソフト人材の獲得競争は激しさを増す。 ボストン・コンサルティング・グループは、車載ソフトが生み出す利益の規模を、21年の100億?(約1兆4000億円)から25年には260億?になると見込でいる。

 ソフト重視のクルマづくりで先行する米テスラは、ネット経由で高度な運転支援機能を有償で提供するスマートフォンのような事業モデルを構築している。好採算なソフト販売で収益力を高め、1台当たりの純利益はトヨタの約5倍稼ぐ。そのため、ソフトを収益につなげる仕組みづくりも重要となる。

 今後、激変する自動車業界の担い手作りのためにもリスキリングの体制作りが問われるのではないだろうか。

11:29

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告