中小企業経営者が見た中国経済の現場
経済分析研究会は3月16日、第6回研究会を開催した。総合プラスチックメーカーの会長である稲村道雄氏が「東アジアで生産拠点ネットを構築-中小企業経営者からの報告」と題して講演した。現代の理論・社会フォーラムが結成されて0年、初めて企業経営者による報告であった。
稲村氏は、1970年に19歳で創業、町工場を年間売上高18.5億円の総合プラスチックメーカーに築き上げた。80年代にタイに進出したのを手始めに、90年代には中国、2000年代にはベトナム、インドネシアに進出、現在4カ国7拠点を構築している。
今回の報告は、アジア諸国に設けた生産拠点で直面した問題と対応についてであった。当事者による具体的な報告ということでリアルな話が聞くことができた。
中国でトラブル続出
稲村氏がもっとも頭を痛めたのは中国の工場であった。中国人幹部による経理の不正行為や独立、賃金アップを求めてのストライキ、不正行為と解雇、それをめぐる裁判などだが、こうした問題の裏に従業員の出身省ごとのグループ化と対立、争議になると暴力団が登場し、その暴力団と警察が裏で通じていること、さらには裁判所がまったく機能しないことなどが報告された。
一例だが、就業中飲酒し麻雀をしていた従業員が、解雇を通告した日本人の工場長に対し暴力をふるい肋骨を2本折った。警察に届けたところ「肋骨3本折らないと暴力とは言えない」といって捜査もしない。裁判に持ち込んだら裁判長が来て「暴力団が絡んでいるから危ないので和解した方がいい」と言ってきたという笑えない話もあった。
事例として取り上げられた工場幹部の独立について、稲村氏は「日本も戦後は欧米企業で学んだノウハウで起業したのだから、中国が同じことをしても当然」と語っていたが、中国での実態は不正と絡んでいたりする。工場の幹部は、その後、何人も独立したが、成功したのは1人だけだったという。
相次ぐ不正(大半が経理)などのトラブルに対して同社がとった最後の手段は、負けると分かっても裁判に訴えて企業の断固たる姿勢を見せつけることであった。「これでトラブルはかなり少なくなった」という。
社会の腐敗と絡む争議
稲村氏の報告は、あくまで一企業が突き当たった問題についてであるが、中国経済と社会のいびつさの一側面を示している。労働者の賃上げ要求は当然であり、ストライキも権利であるが、中国での争議は不正、暴力団の登場、機能しない警察や裁判所など、社会の腐敗と重なり合っている。そのためなのだろうか、労働者の結束の強化や市民社会の力の深化に結びついていないように思える。
おそらくこのことは、中国において共産党独裁の中で民主化が封殺されていることと深く関係していると思う。稲村氏は「反日気運の高まりと関連していたようだ」と発言していたが、反日の風潮の中で利己的な利害だけを主張するという構図になっているように思えた。
このほか、進出して20年以上経つタイは、一度もトラブルがなかったそう
だ。現地資本との合弁で、相手資本が事実上経営しているためのようだ。ベトナムは技術者中心なのでうまくいっているという報告であった。
稲村氏の報告は労働問題中心で、同社の経営戦略などについてはほとんど触れなかったのは残念であった。ただ様々なトラブルを抱えながら、アジア市場で自動車部品など向けに市場開拓して経営的な意味で成果を上げていることだけは確かなようである。
研究会では、今後も経営者だけでなく経済・産業の第一線で活動されている人からの報告をできる限り行っていきたいと考えている。 (事務局蜂谷 隆)