日誌


2014/01/16

POLITICAL ECONOMY 第13号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
<STAP細胞余話>
細胞に与えるストレスの新しい役割を提起
                           サイエンスライター 男澤宏也

 世の中、まだまだ常識を覆す未知の世界が潜んでいた―。理化学研究所と米ハーバード大学の共同研究グループによる新しい多能性細胞であるSTAP細胞(刺激惹起性多能性獲得幹細胞)に関する論文が1月30日発行の英国の科学誌「Nature」に掲載され、今なおマスコミをにぎわしている。1980年代後半の“高温超電導フィーバー”には及ばないが、筆頭著者の理研・小保方晴子さんの“割烹着”の白衣姿をはじめ、将来のノーベル賞候補も見込める、本格的“リケジョ”といった人物像も含めて報道が大々的になされた。その一方、論文データの一部に不自然さがあるという指摘があり、一転してバッシングともいえる報道も始まっている。

海外メディアの“事前”報道が発端

 このニュースは発行元のNature Publishing Groupが通常よりも厳しい解禁条件をつけて、事前にプレスリリースしたものである。しかし、ある海外メディアが、記事の重要性からか“解禁破り”に踏み切り、NPGが解禁設定を急きょ、解除した経緯がある。事の重要性を判断して、いち早く報道に踏み切った海外メディアの意気込みを垣間見た感じである。

 ここでSTAP細胞は何かという解説を行うつもりは毛頭ない。もちろん、門外漢の私にとってできるはずもない。ただ、マスコミ情報をみても、私に限らず、外部からの刺激でどんな万能細胞にも生まれ変わるという、言葉の持つやさしさも手伝って、かなり広範の人に、驚きを与えたのではないないだろうか。2012年ノーベル生理学・医学賞受賞の山中伸弥京都大教授が発見したiPS細胞(人工多能性幹細胞)が遺伝子操作によって万能細胞に初期化する、いわゆる時間を巻き戻す新手法と同じ範疇に入ると思うが、物理的刺激などを外界から加えるだけで再プログラムする簡便さに驚くばかりである。しかし、人為的操作によって体細胞の分化を初期化するという発見は、iPS細胞の方がショックは強烈であった。

 今回は、哺乳動物であるネズミの赤ちゃんのリンパ球に、弱酸性溶液に短時間浸漬するとか、細管を通すなど、何らかのストレスを与えるだけで、万能細胞に巻き戻したという意味で、再生医療の手法にまだまだ未知の道が残されていたということを思い知らされた。

 同時に何らかの刺激が発癌に至るということも議論されており、STAP細胞の発表と同時に発癌メカニズムの解明にも役立つのではとコメントする研究者もいて、細胞に与えるストレスはまさに紙一重、そのメカニズムはどうなっているのかわからないが、ストレスの新しい役割を再認識するに十分である。

課題が多い人への適用

 こうした外界からのストレスによる簡単な万能細胞の生成のメカニズムの解明はもちろんであるが、ヒトにも適用できるのかどうかなど、課題は多々あるようだ。ヒトの臨床応用に到達しているiPS細胞に比べると未知数の要素は大きい。高温超電導フィーバーの際には「追試論文」によって日の目を見たということもあり、真贋について議論の余地はなかった。このSTAP細胞の場合、まだ追試成功は共同研究グループ内を除いて聞こえてこない。評価には時間をまだ要するということだろう。一部のデータ疑惑に伴い、当の理研、発行元のNatureなど、関係機関がその調査に乗り出しているが、調査がどこまで及ぶのか、それらの調査結果に関心が移っている。

 この報道に伴い、真っ先に浮かんだのは、再生医療がどこまで進むのだろうかという恐れみたいなものである。ES細胞(胚性幹細胞)までは再生医学の倫理的側面の議論が活発であったように思う。しかしiPS細胞の出現以降、卵子などの生命誕生にまつわる倫理的束縛から解放?されるという特徴もあって、議論は少なくなっている傾向にある。

 近年、人間の平均寿命は年3カ月の割合で伸びているという。「平均寿命150歳時代も迎える」、「人間は1000歳まで生きられる」といった、ショッキングな言葉も行き交っている。医学の発達要因だけではないにしても、寿命の伸長とは何かを考えさせられる。


11:35

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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