物価上昇で実質賃金は低下
賃上げ効果は限定的
経済ジャーナリスト 蜂谷 隆
3月になれば“春闘真っ盛り”と言いたいところだが、かつてのように工場の門に赤旗が掲げられたり、スト決行中という看板が出ることもほとんどなくなってしまった。そんな中での今年の春闘、連合の要求は「1%以上」、1%あたりが落としどころになるのだろうか。
さて、現状の労働者の賃金はというと日銀の「デフレ脱却」のための「異次元緩和」と関係なく、ただ続く円安のおかげで物価が上昇、実質賃金は下がっている。厚生労働省の毎月勤労統計調査(従業員数5人以上)によると、1月の実質賃金は、前年同月比でマイナス1.8%となった。これで7か月連続のマイナスである。国民の生活は悪化しているのだ。
賃金そのものは、昨年11月に前年同月比でプラスに転じたものの、1月は再び0.2%減となった。一般労働者は0.5%減で5か月ぶりのマイナス。パート労働者は1.4%増だった。毎勤統計では、一般労働者とパート労働者という形で区分している。一般労働者は、1か月以上の契約で雇用されている労働者なので、非正規雇用も含まれている。全労働者がマイナスとなったのは、「特別に支払われた給与」(ボーナス)が14.6%も減少したからだ。これは冬のボーナスが、昨年11、12月に集中したためと見られている。
上がったのは残業代とボーナスだけ
昨年12月をみると、この間の傾向がはっきり出ている。増えたのは「所定外給与」(5.9%)と「特別に支払われた給与」(2.4%)である。何のことはない残業代とボーナスが増えただけなのだ。ちなみに「所定内給与」は0.1%下がっている。
ところでその「所定内給与」だが、1月は0.1%と増加した。この点をとらえて「日経新聞」(3月4日付け夕刊)は「基本給1年10か月ぶり増」という見出しを立て「人手不足が広がり、残業を増やすだけでなく、基本給を引き上げて人材を囲い込む動きが進んでいる可能性がある」と書いている。さすがアベノミクス応援団!と笑ってしまった。
なぜなら「所定内給与」が増えたのは一般労働者(0.0%)ではなく、パート労働者(1.1%増)だからだ。書くなら「パートの時給改善」と書かなければならない。世の中そうなっていないと思ったから記者は書かなかったのだろう。ちなみにこの1年「所定内給与」は、一般労働者は微増が続いたが、パート労働者は大きく減少してきた(このため全労働者は減少)。
さて、安倍首相は経済界に賃上げを要請している。賃上げによって需要を喚起しようということなのだろう。果たして本当にそうなるのか。
まず物価だが、これまで円安によって上昇してきたが、その円安も昨年5月には100円台乗せと現在とほぼ変わらない水準になっているので、円安効果は確実に弱まる。ただ、4月に消費税が3%増税されるため、この分の物価への跳ね返りが出てくる。日銀は消費増税による物価への影響は2%程度と見ている。1月の物価上昇率(生鮮食品を除く総合)は1.3%だ。円安効果が弱まって仮に1%になったとしても、消費増税による影響分2%をプラスすれば3%である。4月以降しばらくの間3%前後の物価が続くことが予想される。
1%では実質賃金はプラスにならない
賃金については、確かに人手不足が深刻な建設労働者や駆け込み需要で増産している自動車関連の期間工の賃金は上がっている。しかし、他方では人材派遣や介護現場などでは、相変わらず切り下げや低いままというところもある。毎勤統計を見ても「医療・福祉」は、昨年1月と11月だけプラスで、あとの10か月はすべてマイナスだった。賃金は「平均」が上がっても、大企業の正社員だけが上がるのであれば、格差は拡大することになる。
しかも問題は、1%程度の賃上げでは4月以降消費増税による物価上昇で実質賃金はマイナス状態が続くということである。実質賃金が下がれば消費マインドは下がる。消費が下がれば、多少上向いた景気は再び水面下に沈む。輸出に期待できない現状では、内需に頼るしかない。ということは単純計算で3%の賃上げが必要ということになるが、果たして可能なのだろうか。