日誌


2014/01/29

POLITICAL ECONOMY 第14号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
 物価上昇で実質賃金は低下
         賃上げ効果は限定的

                                                                   経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 3月になれば“春闘真っ盛り”と言いたいところだが、かつてのように工場の門に赤旗が掲げられたり、スト決行中という看板が出ることもほとんどなくなってしまった。そんな中での今年の春闘、連合の要求は「1%以上」、1%あたりが落としどころになるのだろうか。

 さて、現状の労働者の賃金はというと日銀の「デフレ脱却」のための「異次元緩和」と関係なく、ただ続く円安のおかげで物価が上昇、実質賃金は下がっている。厚生労働省の毎月勤労統計調査(従業員数5人以上)によると、1月の実質賃金は、前年同月比でマイナス1.8%となった。これで7か月連続のマイナスである。国民の生活は悪化しているのだ。

 賃金そのものは、昨年11月に前年同月比でプラスに転じたものの、1月は再び0.2%減となった。一般労働者は0.5%減で5か月ぶりのマイナス。パート労働者は1.4%増だった。毎勤統計では、一般労働者とパート労働者という形で区分している。一般労働者は、1か月以上の契約で雇用されている労働者なので、非正規雇用も含まれている。全労働者がマイナスとなったのは、「特別に支払われた給与」(ボーナス)が14.6%も減少したからだ。これは冬のボーナスが、昨年11、12月に集中したためと見られている。

上がったのは残業代とボーナスだけ

 昨年12月をみると、この間の傾向がはっきり出ている。増えたのは「所定外給与」(5.9%)と「特別に支払われた給与」(2.4%)である。何のことはない残業代とボーナスが増えただけなのだ。ちなみに「所定内給与」は0.1%下がっている。

 ところでその「所定内給与」だが、1月は0.1%と増加した。この点をとらえて「日経新聞」(3月4日付け夕刊)は「基本給1年10か月ぶり増」という見出しを立て「人手不足が広がり、残業を増やすだけでなく、基本給を引き上げて人材を囲い込む動きが進んでいる可能性がある」と書いている。さすがアベノミクス応援団!と笑ってしまった。

 なぜなら「所定内給与」が増えたのは一般労働者(0.0%)ではなく、パート労働者(1.1%増)だからだ。書くなら「パートの時給改善」と書かなければならない。世の中そうなっていないと思ったから記者は書かなかったのだろう。ちなみにこの1年「所定内給与」は、一般労働者は微増が続いたが、パート労働者は大きく減少してきた(このため全労働者は減少)。

 さて、安倍首相は経済界に賃上げを要請している。賃上げによって需要を喚起しようということなのだろう。果たして本当にそうなるのか。

 まず物価だが、これまで円安によって上昇してきたが、その円安も昨年5月には100円台乗せと現在とほぼ変わらない水準になっているので、円安効果は確実に弱まる。ただ、4月に消費税が3%増税されるため、この分の物価への跳ね返りが出てくる。日銀は消費増税による物価への影響は2%程度と見ている。1月の物価上昇率(生鮮食品を除く総合)は1.3%だ。円安効果が弱まって仮に1%になったとしても、消費増税による影響分2%をプラスすれば3%である。4月以降しばらくの間3%前後の物価が続くことが予想される。

1%では実質賃金はプラスにならない

 賃金については、確かに人手不足が深刻な建設労働者や駆け込み需要で増産している自動車関連の期間工の賃金は上がっている。しかし、他方では人材派遣や介護現場などでは、相変わらず切り下げや低いままというところもある。毎勤統計を見ても「医療・福祉」は、昨年1月と11月だけプラスで、あとの10か月はすべてマイナスだった。賃金は「平均」が上がっても、大企業の正社員だけが上がるのであれば、格差は拡大することになる。

 しかも問題は、1%程度の賃上げでは4月以降消費増税による物価上昇で実質賃金はマイナス状態が続くということである。実質賃金が下がれば消費マインドは下がる。消費が下がれば、多少上向いた景気は再び水面下に沈む。輸出に期待できない現状では、内需に頼るしかない。ということは単純計算で3%の賃上げが必要ということになるが、果たして可能なのだろうか。

12:29

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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