日誌


2014/02/12

「グローカル通信」第3号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
宮島観光、「もう1泊ノススメ」

                  労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 私の住んでいる廿日市市(11万8千人)には日本三景のひとつで世界遺産にも登録(1996年12月)されている厳島神社がある。宮島への来島者は、世界遺産に登録された翌年は312万人であったが、2001年は242万人にまで落ち込み、これが飛躍的に伸びたのはNHKの大河ドラマ「平清盛」(2012年)が放映されてからで、この年、初めて400万人を突破、昨年はその反動で落ち込むことが心配されたが408万人で過去最高を記録した(中国電力エネルギア総合研中究所は2012年4月に「平清盛」放映に伴う観光客増が広島県に及ぼす経済効果は202億円、雇用効果は1,840人と試算していた)。一時期検討された入島税は消えた。しかし、現状はともかく、このような来島者の増減の大きさには驚かされる。

増える日帰り客

 来島者の大半は一般客(87.5%、団体客は9.6%、修学旅行客は2.9%)で、そのほとんどが日帰り(92.5%、宿泊は7.5%)である。5年前と比べると一般客(+5.7ポイント)が増加、団体客(▲4.3ポイント)と修学旅行客(▲1.4ポイント)がともに減少している。このような結果の影響と思われるが、宿泊客(▲3.9ポイント)は減っている(「広島県観光客数の動向」2012年版と2007年版から)。

 廿日市市では観光産業の意義を移出産業であり複合産業でもあり、経済循環が期待され自前の産業振興策の展開が可能という点からその振興に力を入れている。宮島観光の産業連関表による経済分析によると、市内生産額は約130億円、業種別では宿泊業が約57億円で最多、以下、輸送業の約21億円、食料品などの製造業の約18億円、飲食店の約11億円などの順であり、また宮島観光関連部門による創出粗付加価値額は約74億円で、うち雇用者所得は約42億円と試算されている(「廿日市市産業構造調査書」2013年)。このような試算から、来島者の1割にとどまっている宿泊客の市内生産額への貢献度が高いこと、また観光業が市内の雇用面で重要な役割をはたしていることが示されており注目される。

友人を案内してみてわかったこと

 この3月1日(土曜日)、京都のワークショップに参加した友人6名(うち海外5人)を厳島神社と原爆ドーム・広島平和記念資料館に案内した。宮島口に朝の10時半過ぎに集まり夕方の5時過ぎ広島駅で別れた。二つの世界遺産を日帰りで駆け巡り、県内で落としたお金は一人当たり2803円+アルファ(「交通費」1040円、「拝観/観覧料」350円、昼食の「お好み焼き」1000円と「もみじ饅頭」63円。お土産の「お好み焼きのソース」350円。+αは飲料代)で3000円以内におさまった。この経験から二つのことが印象に残った。

 その一つは、今回利用した各サービス提供者間での競い合いである。観光客は、陸上交通は「JR西日本」と「広島電鉄」、フェリーは「JR西日本宮島フェリー」と「宮島松大汽船」、もみじ饅頭は市内の中小企業から家族経営までの十数社(店)から、そしてお好み焼きのソースは「おたふくソース」と「カープソース」から選べる。サービスの提供者は手が抜けない。その分、サービスの価格は押さえられ質の維持が図られる。宮島・広島観光の活力源になっているように思われた。

 もう一つは、世界遺産を見学し当地の名物をお腹におさめ、旧友の消息を確認し合い、参加者の満足感は高かった。しかし何といっても忙しかった。やはり、遠足(宿泊なし)と修学旅行(宿泊あり)は違う。

 旅や旅行の原点は目的地への移動である。移動には苦労の多い旅と楽しみのための旅行とがある。白幡洋三郎は柳田国男の「旅行の進歩と退歩」(1927年)を引きながら「『旅』が『旅行』になっていくのは、昭和という時代の幕あけとぴったり一致する」と、そして日本の観光業も誕生したと指摘している(「旅行ノススメ」中公新書)。

観光客、地元も喜ぶ「宿泊型観光」

 それから90年近くたった平成の今日も旅行に楽しみを求めることには変わりはない。このことは日本に限らずどこでも通用することであろう。そのなかで、旅行の形には日本的な特徴がみられる。それは、日本での旅行は日数が短く、時期が短期に集中し、割高だということである(連合総研「勤労者の生活意識に関する5か国比較調査研究」1997年)。それでは、期間を延ばし支出を押さえるためにはどうしたらよいのか。休みをしっかりとって、割高な料金を押さえるため旅行時期の分散を図ることである。

 しかし、日本ではドイツやフランスのような長期のバカンスは一般化しそうにはない。日本で現実的なのは、春夏秋冬に恵まれていることを活かして、土日の前後に休日・休暇を加えた3~4泊の旅行を数回することではなかろうか。日本はこのようなスタイルの旅行をするには向いている。国民の休日は現在15日、これに旗日のなかった8月に「山の日」が加わる。欧米の10日前後を大きく引き離しての「旗日大国」であるし、現役労働者は時効で流している有給休暇分(労働者の「隠し資産」。企業にとっては「負債」)を使えば充分、実現可能である。

 宮島への来島者数の減は市の財政や雇用に与える影響が大きい。宿泊者が増えれば来島者が減っても経済的打撃はやわらぐ。昨年の5月には「ミシュランガイド広島2013 特別版」が発行され、廿日市市からは35店/軒が選ばれた(うち宮島からは15店で、レストランで1店、旅館1軒がひとつ星を獲得、またビググルマンに1店)。ミシュランガイド基準の「質」を確保したサービスを利用しての旅行も楽しめる。一泊して宮島を楽しめば、観光客も地元もウイン・ウインの関係になれる。


11:29

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金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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