日誌


2014/03/03

POLITICAL ECONOMY 第15号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
14春闘「ベア0.5%」の政治経済学

                        グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 2014年春闘の回答が出揃い、ほぼ大勢が固まった。連合の491組合の集計によると、平均賃上げ額は6491円、2.16%であった。この数字は「定期昇給+ベア」なので、ベアのみを平均すると1979円、率で0.44%である。個別組合の回答を見ると、トヨタが0.76%、日立0.65%、また筆者が独自に集計した連合大手30組合の平均は0.64%である。このようにベアの大勢は、連合集計の0.44%からトヨタの0.76%の間に分布しており、丸めて0.5%辺りが春闘相場になるとみていい。

春闘回答にがっかりしたのは安倍首相!?

 この回答結果を見て、がっかりしたのは安倍政権ではないか。14春闘を主導した安倍内閣としては、アベノミクス実現のために2%とはいかなくても、せいぜい1%近くには届いて欲しかったろう。

 4月から消費税が上がった。内閣府は、4-6月期のGDPへの影響をマイナス1%と試算、民間シンクタンクはマイナス4%台とする予測が多い。だが、筆者は2%程度に収まるとみているが、これは日本総研の湯本副理事長など少数派だ。それでも、ベア0.5%では、これをカバーできない。「6月危機」の到来か。

 でも、6月は夏のボーナス(一時金)の支給開始月。春闘とは、所定給与のベースアップに一時金を加えた年間給与総額の引き上げ総原資をめぐる労使の攻防である。今春闘のベアは0.5%に止まったが、一時金はトヨタ・日産など有力どころが満額回答、トヨタは6・8か月・247万円で、昨年に比べ20%アップとなった。トヨタの大盤振る舞いはちょっと別世界の話なので横に置くとして、電機の日立や三菱は2%アップ、こっち方が世間相場になろう。年間給与総額に占める一時金のウェイトは20.5%だから、一時金の引き上げ効果は0.41%だ。以上、ベアと一時金を合せると0.91%、まあ丸めて1.0%である。

 これでは、アベノミクスの実現のため雇用者報酬の2%アップが必要と考えてきた安倍内閣としては、目標の半分にも届かない。このままだと、7-9月期も消費税の落ち込みをカバーできず「9月危機」か。

 政府は、公共事業の早期繰り上げ着工で対応しようとしているが、労働力不足でデッドロック。手っとり早くできることは、原発再稼働で経済を元気づけることだが、これまた先行き不透明だ。そうなると日銀の追加緩和しかないが、これも海外ヘッジファンドにはアベノミクスの先行き懸念と受け取られかねない。

非正規春闘の高額回答は明るい材料

 だが、この春闘には明るい兆しがひとつあった。非正規春闘の高額回答である。連合集計では、非正規労働者の賃上げは時給で12円アップに止まった。しかし、これは5万人組織のJP労組の回答10円を含めた加重平均の数字だけを発表した連合のミスリードだ。実際の連合回答は20円台、30円台の回答が相次いでおり、筆者が異常値を除いて集計した時給改善の実勢は22.4円、2.4%アップと“絶好調”だ。時給20円アップは月給ベースに換算すると3200円、30円だと4800円アップと、トヨタのベア2700円を大きく上回る。

 加えて、非労働力であった人が働き出して就労人口が急増、その大半が非正規労働市場に流れ込んでいる。当然その分の雇用者報酬が増え、もともと収入ゼロだったので、100%アップである。この効果が持続的に継続すれば、2014年度の雇用者報酬は政府が目指す2%増が視野に入る。

 こうなれば、経済の好循環で7-9月期には成長軌道に回復するが、それができないと来年の消費税引き上げもダウンし、アベノミクスはヤバイ。はたしてどうなるか。


14:21

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告