日誌


2021/05/10

POLITICAL ECONOMY第191号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
様変わりするTTP環境
       
         NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年

 5年前に日、米、ベトナムなど12カ国が合意・署名した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を巡る内外環境が大きく様変わりしている。当時、合意をめぐって日本国内では農畜産物や医療、投資などの過度な貿易自由化(市場開放)が国内産業の衰退、食糧自給率の低下を呼び込むものとの批判が強く、「中国や韓国が入らないTPPに参加してアジアの成長を取り込めるのか」、「TPPはアメリカ主導の中国包囲網」などとする反対論が新聞紙面を賑わせた。とくにリベラル・左派からの反対論は根強く、「TPP交渉への参加は日本をアメリカに丸ごと売り渡すことになる」(志位和夫日本共産党委員長、「赤旗」13年5月10日号)との発言に象徴されるように、「TPPはアメリカのアジア覇権戦略の一環」、「米国の中国包囲網に日本が巻き込まれる」との認識が有力だった。

米が抜け英が加入の方向

 ところが17年1月、トランプ米大統領は政権発足直後にTPPからの離脱に関する大統領令に署名。主役の米国が外れたことで、国際的なメディアの間で「TPPは消滅したのも同然で、復活を期待するのは無駄だろう」(シロー・アームストロング・オーストラリア国立大学フェロー、「Foreign Affairs」誌17年5月号)、「米国がいないTPPは『背骨が引っこ抜かれた』ようなものだ」(17年11月13日付け「環球時報」社説)との論評が拡がった。しかし豪州、ニュージーランド、メキシコなどが米国抜きの11カ国による協定継続を主張、18年末「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」として再構成して協定が発効した。

 21年6月、CPTPP参加11か国の閣僚級会合がオンラインで開かれ、イギリスの加入に向けた手続きを開始することを決めた。事前調整では11カ国はおおむね歓迎する意向を示しており、1年程度の各国調整を経て加入が承認される見込み。イギリスの加盟で参加国全体の人口は5億7千万人、域内の総生産(GDP)は14兆ドルとなり、EUのGDP15兆ドルに匹敵、世界全体に占める割合も11カ国の13%から16%に高まる自由貿易圏となる。

 このTPP交渉と並行してASEAN 諸国と日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの15カ国が関税削減や知的財産の統一ルールなどを通じて貿易自由化を促進する枠組み「地域的包括的経済連携協定」(RCEP)交渉が続けられ、2020 年11 月15日に合意、署名された。人口22.7億人(世界全体の約3割)、域内GDP25.8兆ドル(世界全体の約3割)の規模で、TPPを超える東アジア地域初のメガEPA(経済連携協定) が誕生した。

パワーゲームの強調は事態を見誤る

  RCEPとTPPはいずれも「物品貿易の自由化・円滑化」、「サービス・投資分野の市場開放」など自由貿易の幅を従来の個別FTA(自由貿易協定)から大きく広げているのが特徴。それぞれの参加国の国内事情を反映してRCEPはTPPに比べ自由化度が低く、投資家と国との投資紛争の解決手続や政府調達規定がなく、知的財産権規定が緩いなどの側面はあるが、新たなサプライチェーンを構築する上で、その潜在的能力が高い東アジアに国境を越える最適分業体制の枠組みが設定されたことに対する評価は高い。

 かつて日本ではTPP交渉を巡って国内農業保護やアメリカへの従属が主な論点となり、RCEPでは中国脅威論が声高に唱えられた。しかし現実は東アジアに米国抜きの広域自由貿易圏が生まれ、TPPに英国が参加する論議が始まった。TPPへは中国や韓国、タイも参加意向を示しているといわれ、急速にその枠組みを拡大しつつある。国境を越える交易の拡大、グローバル化の進展は止めることができない流れとするならば、経済・通商の国際的枠組みづくりに積極的に関与しながら、「国民益」の確保、安全保障の基盤ともなる地域経済連携をどう構想するのかという地点に関心領域が移っている。
国際交渉なので、どの国が主導権を握るのかという政治的思惑も交錯するが、それはあくまで付随物であって、覇権争いが自由貿易協定の目的ではない。政治パワーゲームの側面を強調して自由貿易圏を評価すると、事態を見誤る恐れがある。


09:35

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告