日誌


2017/08/30

POLITICAL ECONOMY 第100号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ポスト黒田は本当に黒田なのか?

                 NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年

  黒田東彦日銀総裁の任期は2018年4月8日で終わる。金融政策を変更するか、継続するかを含め、市場との対話を進め、スムーズなバトンタッチを考えると、通常は任期切れの3か月ほど前に後継候補が内定していることが望ましい。そうなると今年末から来年初めにかけて、次期日銀総裁の人選が大きな山場を迎えることになる。次期総裁は誰になるのか、残り任期1年を切った今年3、4月頃から日経をはじめ、経済誌やエコノミスト、金融専門家の間で観測情報が飛び交いはじめ、今夏以降、一段と熱を帯びてきた。

 7月はじめ、ビジネス出版社プレジデントが運営する総合情報サイト「PRESIDENT Online」に「日銀次期総裁『大本命』5人の名前と思想」(三井住友アセットマネジメントシニアエコノミスト渡邊誠)と題するリポートが公表され、話題を呼んだ。通常、競馬、競輪で「大本命」印は一つと相場が決まっているが、大本命が5人に上るのは、それだけ大混戦ということだろう。

 同リポートでは各種報道で次期総裁に以下の人物名が挙がっていると指摘。

・財務省出身……森信親金融庁長官、丹呉泰健元財務次官、勝栄二郎元財務次官、本田悦朗駐スイス大使
・日本銀行出身……中曽宏日銀副総裁、雨宮正佳日銀理事、山口廣秀前日銀副総裁
・学者・エコノミスト……伊藤隆敏コロンビア大学教授、岩田一政元日銀副総裁

 その上で、「この中で本命に近い候補は森、本田、中曽、雨宮、伊藤の5氏に絞られるというのが大方の見方である」と結論づけている。このリポートの最大のポイントは黒田総裁の再任を否定している点だ。

 6月にブルームバーグがエコノミスト43人を対象に行った調査では回答した30人のうち、黒田総裁の名前を挙げたのが20人と最も多く、3月の「QUICK月次調査<外為>」では「中曽宏日銀副総裁」が33%、次いで「黒田東彦(再任)」28%、「雨宮正佳日銀理事」16%、森信親金融庁長官6%、本田悦朗駐スイス大使4%、伊藤隆敏コロンビア大学教授1%だった。みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストの調査では「黒田再任の可能性が現時点で6割以上」と予想、JPモルガン証券の鵜飼博史チーフエコノミストも黒田総裁を候補の筆頭に挙げている。

リフレ派は黒田再任論

 後継人事を占うポイントの第一は黒田総裁の続投(再任)があるかどうかだ。アベノミクスの号砲と共に登場した黒田日銀は「2年間で消費者物価上昇率を2%に引き上げ、デフレ経済から脱却する」ことを就任時の公約に掲げ、円安誘導、異次元金融緩和、黒田バズーカ、サプライズなどの新手口を繰り出した。任期後半はマイナス金利、長期国債・上場投資信託(ETF)の資産購入などによってインフレ期待の高まりを狙ったが、目標とした物価上昇率は0.4%(7月)と低迷、7月の金融政策決定会合で2%に達する時期を「19年度ごろ」とし、6度目の目標先送りが確定した。

 続投論は黒田異次元緩和をどう評価するかに関わってくる。緩和路線を踏襲すべきと考えるエコノミスト(リフレ派)の多くは黒田再任論を支持するが、「今や追加緩和を求める圧力は政界や市場になく、国債を買いすぎて市場がゆがんでいることなどの副作用を心配する声が強まっている」と見る人達は「黒田再任なし」を唱える。異例の金融緩和から抜け出す「出口戦略」への取り組みが求められており、人心を一新すべきという主張だ。

 日銀総裁人事は国会承認案件だが、自公与党が圧倒的多数を握る現状では安倍首相の判断が大きい。では判断のポイントはどの辺にあるのか。その際、過去の人事慣行はどの程度考慮にされるのか。戦後に総裁を10年務めた例はなく、現在72歳の黒田総裁が再任されれば任期満了時は78歳となり、在任期間が3,650日を超え、歴代最長となる。過去に、総裁職は日銀、財務省出身者が交互に担う「たすきがけ人事」の慣行があり、次期総裁は日銀プロパーからとの見方がある。

黒田交代に向けた外堀は埋められた?!

  渡邊誠・三井住友アセットマネジメントシニアエコノミストのリポートが黒田再任に否定的なのには理由がある。東亜燃料工業(現東燃ゼネラル石油)元社長の中原伸之元日本銀行審議委員が6月の経済情報誌のインタビューで「(次の5年間には)必ず異次元緩和の出口の話が出てくるので、その用意ができる人でないといけない」、「来年は新しい総裁を迎えた方がよい」、「(黒田さんは)お辞めいただいた方がよい」と語ったことを取り上げている。単に元日銀審議委員というだけでなく、同氏が安倍首相の父・故晋太郎氏の代からの後援者で、現在も首相の私的アドバイザーを務めているからだ。

 日銀内部ではリフレ派に同調する現状維持派と量的緩和は壁にぶつかりつつあるとする修正派の対立が徐々に顕在化、本来の中央銀行に戻るべきとする日銀再建論の登場で「次期総裁は金融市場に精通する日銀出身者が望ましい」とする意見が勢いを増しているという。一方、国際金融の舞台では、金融緩和の縮小に踏み出した米連邦準備制度理事会(FRB)に続いて欧州中央銀行(ECB)も来年の緩和縮小にカジを切る見通しが伝えられており、日銀が路線転換(出口戦略)に踏み出すかどうかが大きな焦点となる。FRBのイエレン議長も来年2月に任期を迎え、「ミスター人民元」と呼ばれた中国人民銀行の周小川総裁も近く退任すると報道された。主役交代の外堀は埋まりつつあ
るように見える。


22:55

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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