日誌


2017/08/23

POLITICAL ECONOMY 第99号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
経常収支黒字の要因は何か
                              横浜アクションリサーチ 金子 文夫


 2017年1~6月の国際収支統計速報によれば、日本の経常収支黒字は10兆円を超え、年間では20兆円を上回る勢いである。過去を振り返ってみると、リーマンショック直前の2006、2007年に経常黒字が20兆円を超えたことがあったが、2008年以降は減少傾向をたどり、2014年には4兆円弱まで落ち込んだ。このままでは経常赤字に陥るかと予想されたが、2015年から急回復をして、2016年に20兆円を突破し、2017年はさらに伸びると推測される。

 経常収支変動の第一の要因は、これまでは貿易収支の動向であった。2007年の貿易黒字は14兆円に達し、経常黒字に大きな影響を与えていた。しかし、2008年以降、貿易黒字は減少を続け、2012~2015年は赤字を記録している。2016年以降は、原油価格の下落によって黒字に回復したものの黒字幅は大きくなく、もはや経常黒字の最大の規定要因ではない。また外国人観光客の急増によって旅行収支が黒字幅を伸ばしているが、これも経常収支を左右するほどの大きさではない。

対外投資の収益が最大の黒字要因

 それでは、何が最大の規定要因になったかといえば、第一次所得収支である。第一次所得収支とは主に対外投資の収益であり、直接投資収益(配当金、再投資収益等)と証券投資収益(配当金、債券利子)に大別される。第一次所得収支は2005年に貿易収支を上回って12兆円規模となり、以後も着実に増加を続け、2015年には20兆円を超えた。貿易収支は変動が激しい一方、第一次所得収支は安定的に推移しており、経常収支全体を支える役割を果たしている。2016年の第一次所得収支は18.1兆円、そのうち直接投資収益は7.3兆円、証券投資収益は10.3兆円にのぼっている。

 第一次所得収支の源泉である対外投資は長期的に増大を続けている。そのなかで、直接投資は安定的に拡大し、他方で証券投資はプラス・マイナスの振幅が激しい。2016年の年間フローでは、直接投資は14.6兆円、証券投資は30.4兆円、年末残高ベースでは、直接投資159.2兆円、証券投資452.9兆円に達している。

 2016年末残高の地域別・国別構成はどうなっているだろうか。直接投資については、北米34.6%(米国33.4%)、アジア27.1%(中国8.0%、タイ4.1%、シンガポール3.1%等)、欧州25.0%(英国8.9%、オランダ7.8%等)、中南米6.6%(ケイマン諸島2.2%、ブラジル1.8%等)である。

 一方、証券投資残高の構成は相当異なる。北米43.0%(米国41.1%)、アジア3.2%、欧州28.1%(フランス6.5%、英国4.3%、ドイツ3.2%等)、中南米19.3%(ケイマン諸島17.6%)などとなっている。アジアは直接投資中心、中南米(ケイマン諸島)は証券投資中心といった特徴がうかがわれる。

投資収益率が飛び抜けて高いアジア向け
 
 第一次所得収支の地域別・国別構成比は、北米35.0%(米国33.5%)、アジア25.1%(中国8.4%、タイ4.1%、シンガポール2.1%等)、欧州13.9%(オランダ3.2%、ルクセンブルグ3.1%、ドイツ2.7%等)、中南米16.1%(ケイマン諸島12.7%)などである。

 大まかな計算だが、2016年の対外投資収益を2015年末の対外投資残高で割って、投資収益率を算出できる。総額では、直接投資収益率は4.8%、証券投資収益率は2.4%となり、直接投資の方が証券投資より収益率が高いことが明らかである。そこで、形態を分けて地域別・国別収益率を算出したいわけだが、第一次所得収支の項目ごとの地域別・国別データは公表されていない。とりあえず、第一次所得収支全体を対外投資(直接投資+証券投資)残高で割って、地域別・国別収益率を計算するしかない。

 それによると、北米2.8%(米国2.8%)、アジア7.8%(中国10.1%、タイ10.7%、シンガポール4.6%)、欧州1.5%(オランダ2.1%、ルクセンブルグ4.1%、ドイツ2.7%)、中南米3.2%(ケイマン諸島3.0%)等の結果が得られる。アジア、特に中国・タイの投資収益率の高さが際立っている。アジアが直接投資中心であり、しかも全体の直接投資収益率4.8%を上回っていることが、こうした結果をもたらしたと考えられる。対外投資全体では北米がアジアより優位にあるが、投資収益率ではアジアが飛び抜けている点は、もっと注目されてよいのではないだろうか。


10:45

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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