日誌


2021/09/20

POLITICAL ECONOMY第200号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「スタグフレーション」騒動
                   NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年

 IMFが10月12日、「世界経済見通し」を公表、2021年の世界の経済成長率(実質GDP伸び率)を前回公表時より下方に修正した。これを受けて、「世界経済失速、インフレと供給制約が足かせ」(ウォール・ストリートジャーナル)、「資源価格高騰、物価高とスタグフレーションはポストコロナ経済の産みの苦しみか」(木内登英・野村総研エコノミスト)などの論評が経済メディアで散見されるようになった。中には「スタグフレーションの亡霊」(朝日新聞「投資透視」欄)、「最近のスタグフレーション警戒は『見当違い』」(ブルームバーグ)などの火消し記事も登場、「スタグフレーション騒ぎ」の様相を呈している。

 マクロ経済の常識的理解によれば、景気が停滞ないしは下降する局面では消費や生産の推力が鈍り、デフレ圧力が増すと説明されてきた。しかし今、国際経済では逆のベクトルが働き始めているようだ。景気低迷下のインフレ圧力の増大という現象だ。「stagnation(停滞)」と「inflation(インフレーション)」の合成語でこれをスタグフレーションという。1970年代に生じたオイルショックによって世界的にスタグフレーションが発生、世界経済を大きく揺さぶったことが記憶に残る。

 今回のスタグフレーション観測は世界の二大経済大国、米国と中国の変調を大きな理由としているのが特徴。IMF見通しで修正幅が特に大きかったのは米国で、前回の7.0%から6.0%へと1.0%ポイントもの大幅下方修正となった。中国は0.1%ポイントの引き下げ見通しに留まっているものの、その後に公表された7-9月期の国内総生産GDP)の伸び率は前年同期比4.9%増と前期(4-6月期)の7.9%増から大きく減速した。民間の22年中国成長見通しでは4%台との数字が見られるだけに、中国発の景気低迷観測は世界経済の動向を大きく左右する。

世界経済の回復に水を差す資源価格の高騰

 木内論考によると、「原油など資源価格の高騰、あるいは幅広い分野で価格上昇率上振れ傾向が続いており、それらがコロナショック後の世界経済の回復に水を差す可能性が高まっている。その程度は未だ不確実ではあるが、来年にかけて世界経済は、インフレ率の上振れと成長鈍化・景気減速が共存する『スタグフレーション』の様相を一時的に強める」との見立てだ。

  大原浩国際投資アナリストなどもリーマンショック後のマイナス金利を含む超金融緩和とパンデミック対策を名目にした「拡張的財政によるバラマキ」の長期化がインフレの上振れを加速し、新型コロナ感染リスクの継続と資源高などによる供給制約から世界経済は「コストプッシュインフレに直面せざるを得ない」との見方を示す。石炭価格の高騰による火力発電コストの上昇、恒大集団の債務危機に象徴される不動産不況などが加わって、中国経済の低迷が長期化するとの判断がスタグフレーション説の背景にある。

 米国経済の変調も大きな要因だ。1-3月、4-6月期ともに年率6%台の高い成長率を記録したが、半導体不足による自動車生産の減少、物流の停滞などから「7-9月期には成長に急ブレーキがかかり、1%台の成長率にとどまる可能性も出てきた」(木内)との観測が浮上。NY市場では市場参加者のインフレ期待を映すBEI指標が上昇、12年以来の高水準を示し、市場では「生産制約や賃金上昇によるインフレ懸念が想定より長期化するとの観測が強まっている」(豊島逸夫・マーケットアナリスト)という。

スタグフレーション説は少数派だが

 今のところスタグフレーション説は少数派だ。「米国経済の堅調な伸びは持続することからスタグフレーションに陥る可能性は低下」(JPモルガン)、「直近のインフレ高進は一過性、景気低迷と高インフレが併存するスタグフレーションに米経済が向かっているとの懸念は行き過ぎ」(ロイター)との見解が支配的だ。しかしFRB(米連邦準備理事会)のパウエル議長は、10月末の米上院銀行委員会の公聴会で「新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)からの回復に伴う米国での物価上昇や雇用の問題が『予想以上に長引く』恐れがある」との見解を示しており、世界経済に暗雲がたれ込めていることは疑いない。高インフレ・高失業・低成長というスタグフレーションの再来が杞憂に終わることを祈りたい。


12:47

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告