日誌


2021/09/09

POLITICAL ECONOMY第99号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
格差是正は世界的潮流だが・・・
                横浜アクションリサーチ 金子文夫

 コロナ禍で世界的に格差是正・分配重視の政策潮流が浮上している。米国のバイデン政権は富裕層・大企業増税による子育て・教育等支援策を提起、ドイツは社民党が第1党となり最低賃金引上げ・富裕層増税を主張、中国は習近平政権が「共同富裕」を提唱、日本では岸田政権が分配重視の「新しい資本主義」を表明している。こうした新政策はどれほどの現実性をもつのか、米中日の順にみていこう。

薄れるバイデン政権の野心的な政策

 バイデン政権は発足早々、二つの大規模な中長期経済政策を打ち出した。一つはインフラ整備を中心とする「米国雇用計画」(8年2.3兆ドル)、もう一つは子育て・教育支援を核とする「米国家族計画」(10年1.8兆ドル)であり、財源は大企業・富裕層増税、金融所得課税強化によるとした。このような大きな政府への路線転換の背景には、米国の貧富の格差がますます拡大し、社会の分断が深まっている現実がある。

 しかし、大型計画の議会通過は容易でなく、妥協策の模索が続く。「米国雇用計画」は1兆ドルのインフラ投資法案に縮小され、企業増税の見送りで超党派の合意が成立した。一方「米国家族計画」は雇用計画で残された分野を組み込む形で総額3.5兆ドルの社会福祉投資法案へと再編され、民主党単独で下院の予算決議を通過させた。ただ、それを実施するには歳出・歳入法案を通さねばならないが、下院通過は民主党内の保守派の抵抗により本稿執筆時点で決着していない。総額の2兆ドルへの削減、法人税率引上げ目標の28%から26.5%への引き下げなど、妥協策が取り沙汰されている。

 バイデン政権の野心的な経済政策は次第に薄められており、22年中間選挙に向けてさらに譲歩が繰り返されるだろう。格差是正は一朝一夕にはいかない難題であることがうかがえる。


習近平政権の「共同富裕」は掛け声ばかり!?
 
 8月に習近平政権は「共同富裕」新政策を発表した。格差是正のために所得再分配を図るとして、労働政策、税制、寄付奨励の3項目をあげた。労働政策では、インターネットを介して仕事を請け負う配達員など新種の労働者の待遇改善、税制では所得税の累進税率の引き上げのほか、固定資産税、相続税の導入を検討するという。また、経済活動による富の第一次分配、税などの権力による第二次分配のほかに、寄付による第三次分配を設定する考え方が示された。

 本気で格差是正を図るのであれば、戸籍制度の改革と税制改革に進むはずだが、実際には第三次分配が焦点化している。寄付要請への大企業・富裕層の反応は素早く、テンセントが農村振興・低所得層支援の基金8500億円設立、アリババが1兆7000億円の拠出を表明、その他大手デジタル企業と経営者の寄付申し出が相次いだ。デジタル企業の迅速な対応は、独占禁止法違反等による企業制裁強化に対する防衛策の意味がある。「共同富裕」は、かつての「先富論」の結果、経済成長が実現して「小康社会」に到達した次の段階の政策とされるが、同時に習近平政権の体制引き締めの意味合いも強い。

 2021年になり、ビデオゲームの時間規制、学習塾の規制と閉鎖、高所得芸能人の脱税摘発など、一連の引締め政策が打ち出された。これらは22年秋の第20回共産党大会における習近平長期政権確立を意図した措置だろう。学校教育では「習近平思想」が必修科目となった。そうした権力強化策が真の狙いであるならば、格差是正は掛け声ばかりが目立つ実効性のないものに終わるかもしれない。

岸田政権の「成長も分配も」は虻蜂取らず!?

 岸田政権は新自由主義からの転換、中間層に手厚い分配政策の重視など、一見するとバイデン政権に似た大きな政府路線に踏み込んだようだ。国会の所信表明演説では、分配戦略として下請け取引監視・賃上げ企業への税制支援、教育費等支援、介護職等の収入引上げなど4項目をあげた。一方それに先立って成長戦略として大学ファンド10兆円、デジタル田園都市国家構想など4項目をあげ、「成長と分配の好循環」と述べている。

 「成長と分配の好循環」はアベノミクスで繰り返し言われてきたことで、新しい資本主義でも何でもない。なぜそれが実現できないのかの究明が先ではないか。新自由主義からの転換、格差是正を主張するならば、バイデン政権のように大企業・富裕層増税を打ち出すべきであるが、総裁選で提起した金融所得課税は簡単に引っ込めてしまった。本格的に格差是正に取り組むのであれば、非正規雇用の地位向上、最低賃金の引上げを掲げるべきであるが、その姿勢はみえない。数値目標は成長戦略に示される一方、分配戦略には登場していない。

 おそらく「聞く力」を売りにする岸田首相は、各方面からの要請を並べあげるだけで、深く切り込めないのではないか。これでは成長も分配もと言いながら、虻蜂取らずになりかねない。

  こうみてくると、米中日3政権の位置する歴史的文脈は異なるが、格差是正を打ち出さざるをえない状況、そしてそれが成功する見通しがない点は共通しているように思われる。


09:12

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告