日誌


2021/08/18

POLITICAL ECONOMY第198号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
いつまで続けるの?! 掻爬法
                                                                     街角ウォッチャー 金田麗子

 「掻爬(そうは)」という言葉をご存じだろうか。「掻爬」とは金属製のスプーン上の、大きな爪のような器具を子宮口から挿入して、子宮内の妊娠の組織を掻きだす手術である。

 朝日新聞(2021年7月16日)で「いまだ掻爬する国」という、産婦人科医の遠見才希子さんのインタビュー記事を読んだ。

 遠見さんはこの掻爬にこそ、日本社会の女性への意識が映し出されているという。

 日本では妊娠22週未満の中絶が認められ、年間約15万件が報告されているが、その大半を占める12週未満の初期中絶では、「掻爬法」の単独、または掻爬法と電動式吸引法との併用が約8割を占めている。2015年に手動式吸引法が認可されたが、いずれにしても手術しか選択肢はないのが現状だという。

 世界的には1980年代に飲み薬による中絶が始まり、今では70カ国が承認している。WHOも経口中絶薬を妥当な価格で広く使用されるべき「必須医薬品」と指定。安全な中絶方法として推奨。掻爬法は子宮内膜を傷つけるリスクがあることから「時代遅れ」と指摘。「手動真空吸引法」や経口中絶薬に切り替えるよう勧告している。やっと厚生労働省も今年「手動真空吸引法」の周知の依頼通知を、医療関係先に出した。経口中絶薬の承認申請もされつつあるようだ。

中絶の痛みや辛さ

 私自身、中絶経験も妊娠初期流産の経験もあり、掻爬も一部電動式吸引法も経験した。流産の時は、朝食中に突然起きたので麻酔が使えず、麻酔なしで手術を受けるという、思い出してもぞっとする痛みを経験した。

 遠見さんも、自身の妊娠初期流産のため、掻爬処置を受けたことが、中絶方法に疑問を抱くきっかけになったという。手術台の上で両脚を開き、金属製の器具を入れられる。ただ辛く身体的な健康だけでなく、精神的な健康のためにも、薬という選択肢を増やすことが必要と思ったそうだ。

 遠見さんは国際会議で、海外の専門家から「なぜ日本は懲罰的な掻爬を罰金のような金額で行っているのか」と聞かれたという。日本では流産手術は保険適用されるが、中絶手術は適用されず10万円から20万円かかる。

 WHOは「中絶は、女性と医療関係を差別やスティグマから保護するために、公共サービスまたは公的資金による非営利サービスとして医療保険システムに組み込まなければならない」と提言。高額な費用は安全な中絶へのアクセスの障壁にあるという考え方は国際的に広がっている。

 日本は1948年、他国に先駆けて中絶が事実上合法化されたが、刑法に「堕胎罪」が残ったまま、「不良な子孫の出生の防止」という趣旨を含む「優生保護法」に基づくものだった。中絶の際、配偶者の同意が必要とされることも含め、中絶は女性が自分の身体について自分で決める権利の一つという認識が軽んじられてきた側面がある。

 多くの女性が体験しているにも関わらず、中絶の痛みや辛さは、語りにくい問題として今なお議論しにくい現実がある。

「安全な中絶へのアクセスは権利である」

 女性に限らず、すべての人に「自分の意思が尊重されて自分の身体の事を自分で決められる」SRHR(性と生殖に関する健康と権利)がある。女性自身の選択を尊重するべきなのは言うまでもない。


 2020年公園のトイレで子どもを出産、死亡させた専門学生は、子どもの父親から中絶同意書のサインがもらえず、誰にも相談できぬまま出産したという。「母体保護法」14条は「医師は、本人及び配偶者の同意を得て人工妊娠中絶ができる」と規定する。

 しかし本件は未婚の男女間で、そもそも同意書は必須ではないのだが、実際は民事訴訟などを恐れる医療者が自衛措置として求める場合が多い。少なくても当事者女性にはその情報は届いていなかった。知っていれば防げた事件だったといえる。

 厚生労働省は、やっとDVなど事実上婚姻関係が破綻している場合に限り、同意書を不要とする運用指針を出した。しかし婚姻関係を維持していても、避妊に協力しない、望まない性交渉を強いられるケースは多い。配偶者同意規定自体を廃止するべきだと思う。

 啓発に取り組む国際非政府組織ジョイセフの浅村事務局長補(2021,8,23東京新聞)は「SRHRには避妊や中絶へのアクセス、母子保健、エイズウイルスなどの性感染症、性暴力、ジェンダーによる差別など多くの課題がある」と指摘している。

 性や生殖についての十分な知識を持つための「包括的な性教育」や、産めない・産みたくないときに避妊や中絶手段を「選べる環境」、貧困を理由とした性産業への従事を防ぐための「男女賃金格差是正」が欠かせない。

 罰せられるべきは、SRHRが進まぬ日本社会そのものなのである。


17:13

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告