日誌


2020/12/21

POLITICAL ECONOMY第182号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」なのか
    
                NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年

 内閣府が1月21日に経済財政諮問会議に提出した「中長期の財政に関する試算」によると、国と地方をあわせた債務(借入金)残高は20年度末に1159兆8000億円に上り、感染拡大前の去年1月の試算と比べると、79兆1000億円増え、債務の規模はGDP(国内総生産)の266.1%に上ることが明らかとなった。20年度に3度の補正予算を編成、新型コロナウイルス対策として大規模な財政出動に踏み切ったためだ。

 同試算を報じた日経は「新型コロナウイルスの感染再拡大により経済と財政の先行きは一段と不透明感が増している」と論評、朝日は財政の悪化を取り上げ、1月26日付社説で「日銀が実質的に政府の借金を引き受ける異例の政策はいつまでも続けられないことを、政府は肝に銘じなければならない」と警鐘を鳴らしている。

遠のく財政の健全化
 
 両紙が財政の現状に懸念を表明するのには理由がある。同試算で示された今後の財政見通しによると、財政健全化の指標とされる「基礎的財政収支」(政策に必要な経費を主に税金で賄えているかどうかを表す)が21年度以降、名目成長率3%という高い成長が続くと想定しても、黒字化するのは29年度と政府が見込んでいることだ。つまり今後8年間も財政赤字が続き、債務残高は累増、現状の低成長が続くという慎重なケースでは同残高は1327兆円に膨らむと試算されている。

 日本の債務の規模は国際的に見てどの程度なのか、それは懸念される水準なのか。統計数字が揃う2019年の政府総債務残高(対GDP比)ランキング(グローバルノート)を見ると、日本は237%でトップ、以下2位ベネズエラ232%、3位スーダン201%、4位エリトリア189%、5位ギリシャ180%の順。G7諸国は13位アメリカ108%、19位フランス98%、69位ドイツ59%などとなっており、先進国で日本の債務規模が突出していることが分かる。昨年からの世界的なコロナ禍で各国の債務は増大しており、借入金の比率はさらに拡大していることは間違いない。

債務危機が再び起こる懸念

 想定される懸念とは何か。直近のケースではリーマン・ショック後の2010年、財政破綻と信用不安からギリシャ、欧州に広がった世界同時債務危機が思い浮かぶ。ドイツ国債の入札が予想外の不調に終わり、スペインとイタリアの短期国債利回りが急騰したため、ユーロ圏全域で国債市場が機能停止状態に陥った。とくに財政力の弱いポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペインの国債が暴落、「PIGS危機」が表面化する。EU、ECB(欧州中央銀行)、IMFの連携した支援で火は消し止められたが、世界的な超金融緩和と債務の増大が債務危機を再生産するとの懸念は消えない。

 しかし現実には、日銀の超金融緩和政策によるゼロ%金利の継続と財政ファイナンスで債務危機の兆しは見えない。一方で、「日本の公的債務は貸手のほとんどが国内の企業や投資家であり、債務危機に至らない」との指摘や「巨額の政府金融資産を差し引いた純債務は半分程度で、財政破綻が差し迫っているとまではいえない」との声も根強い。

 当面、新型コロナ対策と経済の急激な落ち込み回避のために巨額の財政出動は避けられないが、コロナ後のノーマルな経済・財政運営を考えたときに、この巨大な債務の累増を放置したままやり過ごすことが可能なのだろうか。「債務の遺産を果てなく抱え込むことは、経済成長の阻害や貧困の悪化を通じて、将来の危機の種をまくことになりかねない」(ロイター)との指摘は的はずれとは言えない。

 コロナ禍で各国政府が大量の国債発行に踏み出しており、「緊急時のやむを得ない措置」として容認する空気が支配的で、「自国通貨を発行できる政府はインフレにならない限り大量の国債発行は問題ない」とするMMT(現代貨幣理論)の提唱などもあって、「財政危機論」への注目度は低い。まさか、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」との一昔前のジョークを信じているわけではないでしょうが…。


21:13

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告