日誌


2019/01/10

POLITICAL ECONOMY 134号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
毎勤「不適切」問題と19春闘
                            グローバル産業雇用総合研究所長 小林良暢

 毎月勤労統計の「不正」問題で、安倍内閣が揺さぶられている。

 毎勤統計は、賃金や労働時間の動向を示す基幹統計の一つで、その結果は賃金の月次の動きや春闘の要求・交渉に当たっても労使共に重要視している統計である。

 それが、2004年から15年間にわたって「不正」な調査をしていたという。本当に「不正」な調査といえるか。

毎謹調査の3つのミス

 毎勤統計の「不正」たる所以は、調査対象事業所を抽出調査へ変更するに伴って、政府統計を所轄する総務庁への報告ミス、また母集団(東京都は約1400事業所)に乗じる復元処理を怠った復元ミス、さらには安倍官邸か早期解決を急ぐあまり『お手盛り』調査で「幕引き」を図ろうした対応ミスなどが重なったとされる。いずれも初歩的ミスである。

 だが、国会で野党が仕掛ける攻撃は、社会調査の基礎的知識に欠けるものが見受けられる。私が大学時代には必修科目であった統計学では、社会調査は抽出調査にするのが常識だ。厚労省が毎勤調査を悉皆調査から抽出調査に切り替えたのは正鵠を得た措置である。

 例えば、テレビの視聴率調査は1,000世帯くらいしか選んでいない。全世帯2,000万世帯の0.1%だ。新聞・テレビの世論調査だって、1000人を超えたら打ち止めで(NHKは3600人)、これでも安倍内閣支持率が50%を切ったら大騒ぎになる。調査なんてそんなものだ。だから、東京都における毎勤の調査対象を、大企業1500事業所のうち3分の1を抽出したのであれば、十分すぎるくらいだ。

 ただし、統計学の基本である層化二段抽出法などに沿ったサンブリリングをきちんとやること、また母集団への復元するこが必須である。野党はこの二点の質疑で明らかにしたうえで、統計の正否を世に問うべきである。

実質賃金は野党のヒット

 今回の騒動で、厚労省が公表した名目の参考値をもとに実質賃金を試算して、厚労省の公表値から0.6ポイントも下回ったことを公表したことは、野党らしいクリーンヒットである。

 これにより、これから本番を迎える春闘の交渉に、ベアの加速を懸念するむきが経済界にあるようだが、これは杞憂にすぎない。野党の実質賃金の推計結果は、マイナス0.5%に収まるしょぼい話で、鬼の首を獲ったように大騒ぎする数値ではない。

 毎勤統計の昨年6月の名目賃金の伸びは3.6%と高い伸びを記録している。これは「偽装」というには無理があり、ホントはこの5年間、安倍内閣のベア復活春闘のおかげで連続してベアを獲得してきたが、プライスリーダーのトヨタがベアを抑制して一時金の増額で応える志向を極端に強め、そのビヘービィアが主要企業にも波及した結果である。

 これは優良企業に昔からあった手口で、私がはるか昔の1979年に電機労連本部に入職したときにたたき込まれた「一時金よりもベアを獲るというは、労働組合の賃金論のイロハに反する」行為で、この蔓延が、名目賃金が上がらない一つの原因だ。

低い春闘要求

 春闘の相場に影響を与える自動車・電機の主要組合が、一斉に今春闘の要求書を会社側に提出し、本格的なベア交渉がスタートした。日産、ホンダ、パナソニック、日立など大手のベア要求は揃って3000円の統一要求になった。だが、トヨタ自動車労組がベアの要求額を非公表とし、マツダもこれに同調した。昨年に妥結時での非公表はトヨタ一社だったので、「トヨタは団体交渉をやらない会社だから」と、呑み会の話の種にされるだけだった。

 しかし、今春闘でマツダが加勢して複数組合になると、一時の戯れではなくなる。他方、3000円の統一要求をする組合だって、仮に満額回答になっても、平均ベース30万円だとすると、ベアは1%で、過年度の消費者物価上昇分1.0%をカバーするのがやっとである。
   
物価上昇で実質賃金はマイナスへ

 だが、2019年の物価は様変わりの兆しが見られる。この春から、コカコーラが20円、カップヌードルも13円、ハーゲンダッツ23円に加え、牛乳やヨーグルトもなど身近な消費財が値上げを軒並み予定しているという。これまでの値上げは、内容量を減らすという“ステルス値上げ”であったが、これから人件費、物流費の高騰による構造的な値上げで、この傾向はさらに広範にわたり、労務費のコストプッシュインフレになる様相を呈し始めている。
 
 2019年度は、この春闘の要求のままだと、消費者物価高騰下の低賃上げで、実質賃金が本当にマイナスの年になる。

12:05

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告