「同一労働同一賃金ガイドライン案」
—労働法改革から社会改革への道筋
グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢
政府は、2月に「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」を再開し、ガイドライン案に沿った法改正の議論に入っている。検討会では、3月中に報告書をまとめる予定で、これを受けて政府は「働き方改革の実行計画」に盛り込み、6月をめどに労働契約法・パート労働法・派遣労働法の3法改正案を国会に提出するという。
政府が働き方実現会議に提出した同一労働同一賃金のガイドライン案は、基本給、諸手当、賞与などの基本項目ごとに、より詳細な具体的にブレークダウンした事例を、<問題にならない例>と<問題となる例>に分けて提示している。
例えば、最初に記載されている基本給について、①労働者の職業経験・能力に応じて支給しようとする項目で、「無期雇用フルタイム労働者と同一の職業経験・能力蓄積している有期労働者またはパートタイム労働者には、同一の支給をしなければならない」という基本的に基準を示し、さらに<問題にならない例>を4例、<問題となる例>を1例示している。
意見不一致で先送りの個所も
今回のガイドラインは、全体がほぼこうした形式で叙述されているが、ただひとつ「昇給について勤続による職業能力の向上に応じて行おうとする場合」の項目では、<問題にならない例>と<問題となる例>ではなく、(注)が付けられ、それもかなり長めの一文が記述されるという、異様な形式がとられている。
しかも、その一文には定年後の雇用継続のいわゆる「嘱託社員」の賃金減額について、合理的か否かについて書かれている。その部分だけ抜き書きすると、以下の通りである。
「定年後の継続雇用において、退職一時金及び企業年金・公的年金の支給、定年後の継続雇用における給与の減額に対応した公的給付がなされていることを勘案することが許容されるか否かについては、今後の法改正の検討過程を含め、検討を行う」
これは憶測にすぎないが、おそらく検討会の中での委員間の意見の一致が得られず、後の法改正の検討過程に先送りされたのだろう。今回のガイドライン案にはこうした例が、各所にみられる。
背景に労働法学での論争
こうしたと見解の不一致は、検討会内部の対立や労使の対立に止まらず、上述の定年後の減額給与を巡る見解の相違(例えば長澤運輸判決への見解の違い)など、労働法や法曹界をも巻き込んだ、根深い論争があるからである。
労働法学の世界には、菅野労働法vs水町労働法というような考え方の違いが鮮明になりつつある。この意見の違いが、今回の「同一労働同一賃金」を巡っても検討会や実現会議場で、いみじくも噴き出したのである。
菅野労働法(菅野和夫「労働法」弘文堂)の考え方は「著しく不条理と認められるものであってはならない」というもので、労使自治に基づいて法による介入は謙抑的であるべきだとする。これに対して、水町労働法(水町勇一郎「労働法」有斐閣)は「合理的でないものは認めない」との立場で、3法やガイドラインで労使協議に縛りをかけて「同一労働同一賃金」に導くことを了とする。
これまで法曹界では菅野労働法が大勢を占めていて、裁判官が労働案件の判決文を書くときはこれに依ってきており、判例シェアは8〜9割を占めているという。これまで大手書店では菅野労働法が平積みされていて、水町労働法は棚に1冊並べてあるだけだった。だが、最近東京駅前の丸善丸の内本店に行ってみたところ、菅野労働法と水町労働法が並べて平積みされており、本屋ではもうシェア5:5で、潮目が変わってきている。
だが、この中でも使用者団体などの抵抗勢力は、ガイドラインを骨抜きにした法案審議を遅らせて、そのまま放っておいて、そのうち雲散霧消するのを狙っている。連合は、新しい潮流の先頭に立って、パートや契約社員・派遣労働者の間で盛り上がっている同一労働同一賃金への期待に応え、政府の進める「同一労働同一賃金」の実現する改革勢力の中心なってほしい。
働き方改革で始まっている「同一労働同一賃金」と「長時間労働の上限規制」は、労働法改革を通じて、日本人の暮らし方改革、さらには社会改革へ邁進する道筋の第一歩である。