日誌


2017/06/22

POLITICAL ECONOMY 第97号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
連合の「高プロ」騒動と人事抗争
                           グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 連合が執行部の迷走で、大揺れの騒ぎになっている。

 ことの起こりは、神津氏が7月13日、安倍晋三首相と会談し、働き過ぎを防ぐ措置を盛り込むなどの条件付きで、高度プロフェッショナル(「高プロ」)法案を容認する姿勢を伝えたこと。しかし、中央執行委員会で傘下の有力産業別労働組合から強い反対の意見が相次ぎ、執行部が容認方針の撤回に追い込まれ、政府、経団連との政労使合意が見送れることになった。これだけのことである。これが大騒ぎになったワケを、各社の社説から抜き書きすると(7月28日)・・・

 毎日新聞は「連合の提案は『1強』に陰りの見えてきた安倍政権に助け舟を出した」。また東京も、「弱体化した政権に塩を送るような対応は政治センスを疑う。『残業代ゼロ』法案を阻止すべきだ」。朝日は、「混乱を招いた連合執行部の責任は重大。最大の問題は処遇を改善する法改正と『残業代ゼロ』を一緒に進めるやり方が間違いだ」。

 だが、この3紙の主張は、今度の騒動の現実とは、大分ずれている。

主因は会長人事をめぐる抗争

 私は、そもそも今度の騒動の主因は、連合本部の会長人事を巡る抗争にあるとみている。今回の騒動を理解すキーワードは3つ。

 まず、連合の「会長人事」。労働界はメーデーが終わると、連合は秋の人事の噂が飛び交う。今年は神津会長の一期目が終わり、慣例では再任のはず。だが、4月発行の会員制情報誌FACTAに「運合の古だぬき高木が神津会長降ろし」の記事か出た。神津会長を1期で降ろし、後任には逢見事務局長を据えるという画策を、元連合会長が仕掛けているという内容だ。5月なって、連合OBにFACTAの記事をみせたら、「小林さん、それは“神津降ろし”ではなく、2年前に神津-逢見体制の発足の時の“密約”の実行を高木氏が迫っているのだよ」と教えてくれた。この蜜約話は、神津氏が出身のJCM(金属労協)系の産別には不満を募らせた。

 次に「逢見-村上ライン」。じつは3月の働き方改革の政労使合意は、逢見事務局長と村上陽子総合労働政策局長が厚労省と仕組んで組んでOKを出したもの。神津会長はカヤの外、この動きをご注進してくるのもいない。とくに36協定の時間外規制に対して、JCM系大産別からは労使協議の現場を知らない政・労官僚がやったことと不満たらたらで、それに尾ひれがついて相原自動車総連会長が会長人事に意欲を示しているというチマタの噂。今度の「高プロ」法案も逢見-村上ラインが政府や経団連と水面下で調整してまとめ上げ、神津会長は直で内容を把握しておらず(朝日7.14)、一方で、連合構成組織への根回しもないことに不満を鬱積させて、ついに爆発したというのが事の真相である。

電機・自動車の「まさか」の叛乱

 3つ目のキーワードは「電機・自動車の『まさか』の叛乱」。7月8日の連合執行部が「高プロ」容認方針を初めて説明した機関会議で、先頭に立って反対したのが電機連合・自動総連の代表だ(日経7.14)。JCM(金属労協)系の大産別で、もともと研究開発技術者を多数抱える両労組は「高プロ」法案には理解のある立場だが、それが「まさか」の反乱をしたのには、人事への恨みでしかない。

 労働組合なんて、所詮は人を寄せ集めただけのエゴ集団、利益になれば妥協もするし、相手の懐に飛び込んで取引もする。私はそれでよしとする。『1強』に陰りの見えてきた安倍政権に助け舟を出す」とか、「弱体化した政権に塩を送る」などの批判は的外れだ。だからといって、連合有力OBが会長人事に介入したり、ましてや「密約」がどうのという時代ではない。連合の執行部方針に不満や批判をする構成組織は、会長でも事務局長にも堂々と対抗馬を立てるのが組合民主主義というものだ。

 ところが、連合役員推薦委員会は、神津会長・逢見常任会長代行・相原事務局長でことを収め、この体制に2年の任期を委ねる。だが、いま神津氏61歳、逢見氏63歳、連合の役薦内規では65歳にかかる者は推薦できない。2年後には逢見氏がこれにかかる可能性があり、これが今度の人事騒動の出発点で、この点は解決していない。ここから先は私の見立てだが、初代連合会長山岸氏から2代芦田氏への移行の過程で、2期目途中で山岸氏が緊急入院、後任を芦田氏に託すという「1.5」の密約があったという。今度は、こういう時代錯誤はもう止めてくれと言いたい。

 政労使の合意形成型協議体制が確立して4年、その一角を担う連合はそれに相応しい透明で成熟した組織に成長して、政府・経団連に対抗できる組織になってもらいたい。


10:09

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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