日誌


2017/06/06

POLITICAL ECONOMY 第96号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ケインズとアシモフの予測した21世紀前半

                                    労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 予測、それも暗い時代状況のなかでのそれには夢や希望とともに、将来に向けての警告が含まれている。R.ブレグマンの『隷属なき道』(英語の題:Utopia for realists)に有名なケインズとアシモフの予測が引用されていた。全体の内容が気になり改めて読み返してみた。

ケインズの100年後の予測

 J.M.ケインズは1930年、マドリードで講演を行った。「我らの孫たちの経済的可能性」である。時は、アメリカで引き起こされた大恐慌の翌年で、スペインでも大不況が襲い政治的には左右の対立が顕在化していた。経済についての「悲観論の重い発作に見舞われ」、街には「失業者があふれる異常な事態」になり、政治についても怪しい雲行きが兆す、暗い世相のなかで未来を語った。

 それは、「大きな戦争がなく、人口の極端な増加がなければ」100年以内に経済的問題は解決するか、近く解決するとみられ「先進国(progressive countries)の生活水準は現在の4倍から8倍になっていると」予想している。話の展開を、生活水準が平均して現在の8倍で想定すると、経済的な必要から自由になり、そのとき豊かさを楽しむには「生活を楽しむ術を維持し洗練させて、完璧に近づけていける人、そして、生活の手段にすぎないものに自分を売りわたさない人」になることが必要。働くことについては、人間(the old Adam)には「何らかの仕事(work)をしなければ満足できない」という弱さがつきまとい、このため孫たちの世代でも「残された職(work)をできるかぎり分け合えるようにすべきである。1日3時間勤務、週15時間勤務にすれば、問題をかなりの期間、先延ばしにできると思える。1日3時間働けば、人間の弱さを満足させるに充分ではないか」と述べている(J.M.ケインズ『ケインズ説得論集』)。

アシモフの50年後の予測

  冷戦体制下、核戦争の脅威が漂う1964年、ニューヨークで「相互理解を通した平和」をテーマとした世界博が開催された。SF作家のI.アシモフは、50年後の世界を予測した「2014年の世界博訪問」をニューヨーク・タイムズ紙(1964年8月16日号)に寄稿した。

  50年後は、圧縮空気で車が高速道路を飛び、電力の半分は原子力でまかなわれ、太陽光発電が運転し、水中都市が作られる、などの夢が実現していると。しかしロボットは、動きの遅い家事ロボットが展示されている程度で、また頭脳搭載ロボットによる自動車は実用の段階からはまだ遠い、と。
 
 アシモフが唯一、危惧しているのは機械の世話役で「人類が退屈病に罹っている」ことである。「この病気は年々広がり、深刻な精神的、情動的、社会学的影響が生じ」「2014年には、精神医学が最も重要な医療分野になっているだろう」そして、50年後についてのもっとも深刻な推測は「強制された余暇の社会になり、もっとも輝かしい語彙は仕事になるだろう」と。

日本の2030年に向けて

 これらの予測を日本に照らし合わせるとどうなるのであろうか。ケインズの予測を確認するにはあと13年待たねばならないが、経済的問題については到達している。「GDP(生活水準を表す代表的な指標)は、……1930年の欧米の生活水準の5.1倍となっています」(水野和夫『閉じていく帝国と逆説の21世紀経済』)。もうひとつの労働時間については、日本では不可能であろう。一方、アシモフの予測した50年後、既に3年前にみた世界であるが、ロボットや頭脳搭載型ロボットの進歩は彼の予測を超え、この技術は今後さらに進みそうだ。ケインズの予測の年と重なる2030年、「日本の労働人口の約49%が、技術的には人工知能やロボット等により代替できるようになる可能性が高い」との予測がある(寺田/上田/岸/森井 『誰が日本の労働力を支えるのか?』)。アシモフが危惧した仕事に起因する退屈さが問題を引き起こしかねない。

 以上のことを念頭に置いて日本の2030年には、少なくとも職場から恒常的な時間外労働が無くなり、ワーク・ライフ・バランスが実現していることに期待したい。これを夢に終わらせないため、つぎの2つのことに、とりわけ労働組合は挑戦して欲しい。ひとつは時間外労働を雇用調整や生活費に組み込むことをやめることである。もうひとつは仕事上の付き合いを含めた働き方の見直しである。西ドイツ在住の日本人主婦と東京在住のドイツ人主婦を対象に、赴任前後の<夫が家族とかかわる時間>を尋ねたところ、最多は日本の主婦では「増えた」(64.3%)、西ドイツ主婦は「減った」(80.0%)であった(連合総研『主婦の目から見た日本と西ドイツ』(1989年))。日本での働き方は時短先進国の人たちの暮らしをも変える。

 そしてまた、職場を熟知している労働組合はAI(人工知能)やロボットが雇用構造を劇的に変える時代の働き方、暮らし方の設計とその実現に期待したい。


10:08

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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